米俳優ブラッド・ピットさんを装った詐欺師に、フランス人女性が83万ユーロ(約1億3300万円)をだまし取られる事件が起きた。詐欺師は人工知能(AI)で生成した画像などを使って、女性を信用させていた。女性は嘲笑の的になり、仏放送局TF1が女性に関する放送を取り下げる事態になっている。
1年半にわたってピットさんと交際していると思い込んでいたインテリア・デザイナーのアンヌさん(53)を取り上げた番組は、12日のゴールデンタイムに放送され、フランス中で注目された。
アンヌさんはその2日後、フランスで人気のユーチューブ番組で、自分は「クレイジーでもまぬけでもない」と語り、「私はただ遊ばれた。それは認めるし、だからこそ名乗り出た。こういう被害者は私だけではないので」とした。
ピットさんの代理人は、米誌エンターテインメント・ウィークリーに対し、「詐欺師が著名人とファンの強いつながりを利用するなど、ひどい行為だ」とし、「ソーシャルメディア上で活動実態がない俳優からの」オンライン上での一方的な接触には応じるべきではないと人々に訴えた。
TF1の番組では、アンヌさんが貯蓄を失い、詐欺被害が明るみになってから3度も命を絶とうとしたと伝えた。すると、ソーシャルメディア上で何百人もがアンヌさんを嘲笑した。
ネットフリックス・フランスは、「ブラッド・ピットが出演する4本の映画(本物)」という宣伝をソーシャルメディアに投稿した。仏プロサッカーリーグのトゥールーズFCは、「やあアンヌ、ブラッドが15日にスタジアムに来るって言っていたよ。きみは来る?」と投稿した。トゥールーズFCの投稿は現在は削除されている。
同クラブはその後、投稿について謝罪した。
TF1は14日、アンヌさんが「嫌がらせの波」に直面していることを受け、彼女に関連する番組を取り下げたと発表した。ただ、この番組はオンライン上で拡散され、現在も残っている。
病床のピットさんの写真
番組でアンヌさんは、裕福な起業家と結婚していた2023年2月に、インスタグラムをダウンロードしたことが試練の始まりだったと語った。
すぐにピットさんの母親ジェーン・エッタさんだと名乗る人物から連絡を受け、「(ピットさんが)私のような女性を必要としている」と言われたという。
翌日、ピットさんを名乗る人物がコンタクトしてくると、アンヌさんは警戒した。「でも、ソーシャルメディアにあまり慣れていないので、何が起きているのかよくわからなかった」。
その後、「ブラッド・ピット」は、彼女に豪華なプレゼントを送ろうとしたが、俳優アンジェリーナ・ジョリーさんとの離婚手続きで銀行口座が凍結されているため、関税を支払うことができなかったと言ったという。これを聞いたアンヌさんは、詐欺師らに9000ユーロを送金した。
「ばかみたいに私が払った。(中略)彼を疑うたび、私の疑念を払拭してくれた」
偽ピットは、腎臓がんの治療費が必要だとアンヌさんに告げ、AIで生成した、病院のベッドにいる「ブラッド・ピット」の写真を何枚か送ってきたという。「インターネットでそれらの写真を調べたが、見つからなかったので、私のためだけに自撮りしたのだと思った」と、アンヌさんは語った。
アンヌさんは夫との離婚で77万5000ユーロを得ていたが、そのすべてを詐欺師に奪われることになった。
自らもがんが寛解しているアンヌさんは、「人の命を救っているのかもしれないと自分に言い聞かせていた」という。
アンヌさんの娘(現在22)は、「母親に理性を取り戻させようと」1年以上努力したが、母親はあまりに興奮していたと、TF1に話した。「母がいかに世間知らずかを目の当たりにして、心が痛んだ」。
やがて、本物のピットさんが新恋人イネス・デ・ラモンさんと写っている写真がゴシップ誌に掲載されると、アンヌさんは疑念を抱いた。すると詐欺師らは、AI生成のキャスターが、ピットさんは 「アンヌという名の(中略)特別な人物と二人だけの関係にある」と伝える偽ニュース報道をアンヌさんに送ってきたという。
その動画はしばらくアンヌさんを安心させたが、本物のピットさんとデ・ラモンさんが昨年6月に交際を正式に認めたことで、アンヌさんは別れを決意した。
詐欺師らが「FBI特別捜査官ジョン・スミス」を装い、さらに金を巻き上げようとしたことから、アンヌさんは警察に連絡。現在も続く捜査のきっかけとなった。
TF1の番組によると、この出来事でアンヌさんは破産し、3度にわたって人生を終わらせようとしたという。
「なぜ私が選ばれ、このように傷つけられたのか」と、アンヌさんは涙ながらに話した。「この人たちは地獄に落ちるべきだ。詐欺師たちを見つけなくてはならない。お願いです、見つけるのを助けてください」。
誰でも被害者になる可能性
14日のユーチューブ番組のインタビューでは、アンヌさんはTF1を批判。本物のピットさんと話しているのかとたびたび疑問を感じていたが、その詳細が番組からカットされたと話した。また、「自分の夫から聞いたことのない言葉 」を聞かされれば、誰でも詐欺に引っかかる可能性があると付け加えた。
アンヌさんは現在、友人と暮らしているという。「私の人生のすべては、いくつかの箱がある小さな部屋だ。それしか残っていない」。
多くのネットユーザーが徹底的にアンヌさんをあざける一方で、彼女の味方になる人もいる。
Xで人気を得た投稿の一つは、「滑稽な話なのは理解できるが、その中心にいるのは、ディープフェイクやAIにだまされた50代の女性だ。それを見抜くことは、あなたの両親や祖父母だってできない」と指摘した。
仏紙リベラシオンの社説は、アンヌさんを「公益通報者」だとし、こう書いた。「現在の生活はサイバートラップ(わな)に満ちている。(中略)AIの進歩はこのシナリオを悪化させる一方だ」。