「史料のないところに補助線を引くことの名人」
著者マクニールの本領は、訳者によると「ずば抜けたパターン認識の能力」にある。「史料のないところに補助線を引くことの名人」なのだとか。本書でも、「ともすれば自己閉塞しがちな各専門領域を自在に横断して巨大な全体像をえがきだす」ことに手腕を発揮している。
「見慣れた歴史の星空に思いもかけぬ新しい星座を次から次へと描いてみせ」る本書だが、どの星座に惹かれるかは、読者によってまちまちだろう。
私が注目したのは、科学技術と経済と戦争との“支え、支えられる”関係である。とくに第三章で描かれる「商業化された戦争」から、第七章以降の「産業化された戦争」への道すじは、興味深い。
第八章の「軍事・産業間の相互作用の強化」は、19世紀末にイギリスを中心に起きた“建艦ブーム”を扱っている。日本海海戦の「三笠」艦を建造したヴィッカーズ社がこの章の主役になっており、「三笠」の前後に軍艦がどのように発達してきたかが、具体的にみえてくる。
建艦競争は、1906年の「ドレッドノート」級戦艦の出現で、頂点に達したという。そこにいたるまでに技術開発は、民間で自然に生み出された技術を軍事に適用するそれまでのやりかたではもはや間に合わなくなり、海軍側が実現すベき性能を指定して民間企業に開発を促す「コマンド・テクノロジー(お上の注文を受けての技術開発)」になった、と著者は指摘する。
これが、「二十世紀に国家とあらゆる民間大企業の間に生じる癒着関係のはしり」であった、という見方には目を見開かされた。
「あまりにも急速な技術進歩のために、装備の選定について海軍首脳部は判断能力を失い、軍需企業もどんな納入価格をつけるべきかわからなくなり、政府もまたどんどんふくらむ建艦予算を統制できず」、税に新たな財源を求めていくことになる。
こうして、建艦ブームをきっかけに生まれた「マネージド・エコノミー」は、やがて二十世紀の二つの世界大戦とその後の米ソ冷戦時代へと引き継がれていったのである。