まさに旬の食材なのだが、渡辺さんは、何とか保存のきく加工品が作れないかと考えた。そして生まれたのが、ごぼう茶だった。テレビ番組で健康に良いと取り上げられたこともあり、爆発的にヒット。今では全国各地のごぼう産地で作られるようになった。
よそに“専売特許”を奪われても渡辺さんは焦らない。農家を説得して無農薬・無化学肥料栽培、除草剤不使用の「菊池水田ごぼう」を作り、それだけを使ったごぼう茶にこだわっているからだ。誰もそこまでは真似ができない、という自負がある。
その水田ごぼうを作る村上活芳さん(49)は、渡辺さんをこう評する。
「何しろ菊池を全国的に有名にしようというのだから、ありがたい話です。でも、それが十分可能なぐらい菊池の農産物には魅力がある。水の違いがごぼうの味の違いになっている」
そんな菊池の田んぼに水を供給する菊池川を遡った市の最深部。人家も絶えてない山奥に、美しい棚田が広がる。耕作するのも大変なその田んぼに、渡辺さんが熱い視線を注いでいる。水田を潤す水が山からの湧水で、もちろん飲むこともできる。これ以上ない「自然」がそこにあるからだ。
「ここのコメを、無農薬・無化学肥料栽培に変えんとね。間違いなく高く売れるけん」
俺が全部買ってやる
コメの値段は年々下がっている。今年は60キロ1万円を切るのではないか、とささやかれる。それでも、「俺の言う通りに作ったら、60キロ5万円でも売れる」というのだ。安全安心を求める都会の消費者は、本当に信用できるものならカネを惜しまない。そう日々ネット販売を通じて渡辺さんは確信している。
渡辺さんに勧められてそれより少し下流の田んぼで稲作を始めた実取義洋さん(33)は、「太陽と水と土と種の生命力だけで作る自然栽培は、誰からも何も奪うことがない」とその魅力を語る。実家の古家に奥さんと子どもで戻り、自然いっぱいの生活を送る。もうすぐ6人目の子どもが生まれる。そんな生活の背中を押したのは、「コメづくりばすんなら、俺が全部買ってやるけん」という渡辺さんのひと言だった。自然栽培は大変だが、励みにもなる。昨年出荷した無農薬・無化学肥料米を食べた米アレルギーの消費者からメールをもらった。「うちのコメは食べられたと書いてあって、涙が出るほど嬉しかった」と実取さんの顔はほころんだ。