2026年10月10日、大阪府泉佐野市と泉大津市の秋風物詩「だんじり祭り」でだんじりが相次いで横転し、男性2人が亡くなり、16人が重軽傷を負った。どちらも交差点を勢いよく直角に曲がる「やりまわし」の最中だった。1週間前の3日にも堺市でだんじりが横転し、男性11人がけがをしている。
見過ごせないのは、亡くなった2人がいずれも、だんじりの側面に乗って横転を防ぐ「重り」の役を担っていたことだ。安全のための役割を担う人が、最も大きな危険を負っていたのである。
祭りの歴史は長く、主催者は安全対策を十分に行っていたと説明するが、これまでも死傷事故は繰り返されてきた。人命が失われうる伝統行事をどう扱えばよいのか。リスク管理の立場から、この問題を考えてみたい。
「自分で選んだ危険」は許されるのか
「社会はどこまでの危険なら受け入れるのか」。この問いに初めて数字で答えようとしたのが、米国の物理学者チョーンシー・スターである。1969年の論文で、自動車、飛行機、喫煙、狩猟、スキーなどの死亡率を比べた。
その結論は明快だった。人は「自分で選んだ危険」なら、「社会から押しつけられた危険」のおよそ1000倍まで受け入れている。スキーで命を落とす確率は、発電所の事故で死ぬ確率よりはるかに高い。それでも人々はスキーを楽しみ、発電所には厳しい安全を求める。
この考え方に従えば、だんじりは「自分で選んだ危険」の典型である。だから、ある程度の危険は「本人の選択だから仕方がない」として認められる。
