2026年10月14日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年10月14日

 ロシア・イルクーツクにある「シベリア・極東ペスト対策研究所」で、女性職員が重い肺炎で亡くなった。当局の説明は「原因不明の肺炎」。勤務先がペストを研究する施設であったことから、肺ペストではないかという疑いが国内外に広がった。

( Md Babul Hosen / Marko Bulgakov / Dr_Microbe /gettyimages)

 ロシア当局は世界保健機関(WHO)に「ペストの症例は確認されていない」と回答し、WHOも一般住民へのリスクは低いと評価している。それでも、ロシア側の情報開示は限られ、疑念は消えていない。

 そこでペストの歴史を振り返り、今回の疑惑をどう読み解けばよいかを考えたい。

ペストとはどんな病気か

 ペストは「ペスト菌」による感染症である。ウイルスではなく細菌なので、抗生物質がよく効く。この点が、新型コロナのようなウイルス感染症との大きな違いだ。

 ペスト菌の本来の宿主は、マーモット、ジリス、プレーリードッグなどの野生のげっ歯類である。これらの動物は、ペスト菌に感染しても、多くは症状が軽く、生き残る。菌は動物の間で循環し、それを吸血したノミが人を刺すことで感染する。

 こうした「自然界の流行地」が、中央アジア、モンゴル、中国、アフリカ、南北アメリカなどに現在も存在する。ロシアでもシベリア南部やアルタイ、トゥバなどの山岳・草原地帯に流行巣があり、イルクーツクの研究所はまさにそれを監視するための拠点である。

 ペストには3つの病型がある。一つは腺ペストで、ノミに刺されることで感染し、リンパ節が腫れて激しく痛む。2番目は敗血症ペストで、菌が血液中に広がり、皮膚の出血や壊死を伴うことがある。やはりノミに刺されて感染するが、腺ペストが進行した結果、敗血症ペストになることもある。人からの感染はほぼない。

 3番目はペスト菌が肺に感染する肺ペストで、今回ロシアで問題になっているのがこれだ。患者の咳などの呼吸器飛沫がペスト菌を含み、他人を感染させるため、ペストの中でも特に警戒されている。

 肺ペストは治療しなければほぼ確実に死に至り、発症から24時間以内に抗生物質治療を始めることが救命の鍵とされる。一方で、早期に治療すれば多くは助かる。

 また、感染は飛沫を介するもので、空気中を漂って遠くまで広がる空気感染ではない。接触者に予防的に抗生物質を投与すれば発症を防げる。

 つまりペストは「恐ろしいが、手の打ちようがある病気」である。WHOによれば、現在も毎年世界で数百から数千人の患者が報告され、マダガスカル、コンゴ民主共和国、ペルーなどが主な発生地だ。米国でも毎年数人の患者が出ている。決して過去の病気ではないが、現代医学の管理下にある病気でもある。


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