2026年10月14日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年10月14日

情報を出さない理由

 ロシアはWHOに接触者の検査結果を伝えた。しかし、亡くなった女性本人については、情報を出していない。出し渋る理由はいくつも考えられる。

 第1に、ペスト対策研究所は旧ソ連以来の生物防衛網の一部であり、扱う菌株や設備、事故の有無は安全保障上の機密になりやすい。ロシアはウクライナの米国支援の研究所を「生物兵器ラボ」と非難してきたが、研究所事故の情報開示は、その非難が自らに跳ね返る可能性が考えられる。

 第2に、戦時下のロシアは西側の情報要求を内政干渉や情報戦とみなしがちで、トランプ大統領の「懸念している」という発言やルビオ国務長官の情報共有を求める発言で、問題が政治化した。その結果、公表は政治の判断になり、地方当局も研究所も責任追及を恐れて「問題なし」に傾く。

 報道官は、報道の大部分を「虚偽情報」とし、国民にはロシアの公衆衛生当局の公式情報だけを信頼するよう呼びかけている。ロシアの国営・政府系メディアの問題の扱いは限定的で、一部のメディアは報じた内容を取り下げたとも報じられている。従って、「情報がない」理由は、「国家が認めた情報だけを出す」という情報管理の問題があると考えられる。

 最後に、原因が本当に特定できていない可能性もある。その場合、事実を公表すれば診断や管理の不備を問われかねず、情報を出し渋らせることになる。沈黙は重大な隠し事の証拠にはならないのだが、同時に「言わないのは、何もなかったから」とも言い切れないのである。

 ただし、ここから一足飛びに「生物兵器」や「研究所からの大規模流出」を結論づけることはできない。現時点で、研究所が兵器開発をしていた、あるいは死亡がそれと関係していたことを示す公開された証拠はない。

 大事なことは、日本に住む私たちに危険が及ぶ可能性は極めて低いという事実だ。ペストはノミや患者との濃厚接触でうつる病気であり、ロシアから日本に空気に乗ってペスト菌がやって来ることはない。

 ただし、研究所の周辺にも日本人がいる。茂木敏充外相は10月9日の記者会見で、7日までにイルクーツク州の在留邦人全員の安全を確認したこと、外務省と在ハバロフスク総領事館で情報収集に努めること、そしてロシアに情報開示を申し入れたことを明らかにした。

ロシアがすべきこと

 ロシア当局は「ペストではないから、データを出す必要はない」と言いたいのだろう。しかし、データを出さないと、「ペストでないのなら、なぜ検査結果を公開しないのか」という疑念を生む。

 疑いを晴らす方法は簡単である。WHOが申し出ている技術支援を受け入れて、亡くなった女性のペスト感染について検査を実施し、第三者が検査結果を確認できるようにすることである。原因が特定できない肺炎はあり得るが、「調べた結果、分からなかった」ことと「調べたかどうかを言わない」ことはまったく違う。

 国際保健規則は、各国に公衆衛生上の重要事案を速やかにWHOに報告し、照会に応じる義務を課している。2003年のSARS、2020年の新型コロナでも、初期の情報共有の遅れが世界の対応を遅らせた。

 透明性は他国のためだけではない。正確な情報がなければうわさが広がり、地元住民が無用な不安と差別にさらされる。情報を出し渋ることで損なわれるのは住民の安心だけでなく、ただでさえ低下しているロシア自身の信頼である。

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