不安や恐怖を感じると胃が痛くなり、食欲がなくなり、ときには動悸が激しくなり、眠れなくなる。そんな経験をした人は多いだろう。
それは「気のせい」ではなく、現実の身体の変化である。そして、不安や恐怖を引き起こす原因は「知ること」だ。
それなら「知らない」ことが心静かに暮らすことになりそうだが、そうはいかない。私たちは「知りたい」という強い欲望を持っているので、「知らない」という状態が不安を引き起こすからだ。
この矛盾をどのように解決したらいいのだろうか。知りたいことを知らせてくれるのが「情報」だが、伝え方が不適切であれば、健康被害を引き起こすことがある。だからこそ、無用な不安を引き起こさない形で情報を伝えることが重要になる。
プラセボが副反応を起こした
不安が大きな健康被害を引き起こした最近の例がある。新型コロナワクチンの臨床試験では、ワクチンを打つ人と、有効成分の入っていないプラセボを打つ人の反応を比較する。2022年に発表された研究では、プラセボを打った4万5000人の記録を分析し、プラセボを投与された人の3人に1人が頭痛やだるさなどの「副反応」を報告した。
全体から見ると、ワクチンを打った人が報告した副反応のうち、76%はプラセボでも起きていたことになる。つまりワクチンそのものではなく、「ワクチンを打った」「副反応が出るかもしれない」という予測が症状を引き起こしたのだ。
もちろん、その背景には「ワクチンには副反応がある」という真偽取り混ぜた大量の情報が飛び交っていたことがある。ワクチンの副反応の恐ろしさを伝える情報が、ワクチンの副反応を作り出すという悲劇が起こったのである。
ここで強調したいのは、この研究が「副反応は気のせいだ」と言っているのではない点である。結論は逆で、「副反応の一部は予測や不安によって生じるという事実を人々に伝えることが、過剰な心配や接種のためらいを減らす」というものだ。
予測が良い方向の効果を生むのが「プラセボ効果」であるのに対して、悪い方向の効果を「ノセボ効果」と呼ぶ。ワクチン試験で、プラセボが副反応を引き起したのは、ノセボ効果である。
その仕組みはいくつか知られている。第1は、「ワクチンには副作用がある」という情報を聞くと、脳はその症状を先取りして準備し、普段なら気に留めない程度の頭の重さを「副作用だ」と意味づけて増幅してしまう。第2は、不安や緊張は自律神経を通じて、動悸・発汗・胃の不快感・頭痛といった、まさに「副作用」と区別しにくい症状を引き起こす。第3は、自分の体調を心配して注意を向けるほど、些細な変化に気づきやすくなるのだ。
