2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年11月14日

 有機フッ素化合物(PFAS)を巡る国際的な規制が重大な転換点を迎えている。これまでは多数のPFASの中から特定の「悪玉物質」を指定し、その製造や使用を禁止していたが、すべてのPFASを一つのグループとして捉え、包括的に管理する方向である。この規制により、これまでPFAS問題とは無縁と考えられたフッ素化合物を使用した産業や社会の基盤を支える分野に、広範かつ深刻な影響が出始めている。

(Kubra Cavus/gettyimages)

PFASは「沈黙の化学物質」

 PFASは優れた耐熱性・耐薬品性・撥水性・撥油性などを持ち、1950年代以降、さまざまな産業・日用品に広く使われてきた。ところが、使用開始から半世紀後の2000年代初頭になって、米国でPFASの一種であるPFOAの製造工場周辺で深刻な環境汚染が見つかり、周辺住民の血液から高濃度のPFOAが検出された。これをきっかけにして調査が始まり、北極のホッキョクグマから人間の血液に至るまで、世界中の環境と生物からPFOA、PFOSなどのPFASが検出されるという、地球規模の深刻な汚染問題が判明した。

 PFASは自然界ではほとんど分解されず、水や大気を通じて地球規模で拡散する性質を持つ。そして、環境や生体に蓄積しやすい。この性質から、「永遠の化学物質」という異名を与えられたのだが、それは汚染が判明した後の話である。

 重要な事実は、1950年代から半世紀という長い時間をかけて、誰にも気づかれずに、世界中に静かに汚染を広げていったことだ。全く気付かれなかった理由は、人間にも、動物にも、自然環境にも、何の影響も与えなかったためである。PFASは「沈黙の化学物質」だったのだ。

 いずれにしろ世界的な汚染を放置することはできない。国際社会はまず、懸念の大きいPFASに焦点を当てた。ストックホルム条約により、2009年にPFOS、19年にPFOA、そして22年にPFHxSを、製造・使用を禁止または制限する廃絶対象物質としたのだ。

 PFASの生産・流通が止まると、米国住民の調査では、血中PFAS濃度が減少した。日本も化学物質の審査及び製造などの規制に関する法律(化審法)に基づき、10年にPFOS、21年にPFOA、24年にPFHxSを第一種特定化学物質に指定して、製造および輸入を原則禁止した。

 しかし、このアプローチには限界があった。規制されたPFOSやPFOAの代替品として、別のPFASが開発されたのである。例えば、PFHxSはPFOSの代替品として使用されたものだ。規制当局が特定の物質の規制に踏み切るまでには長い年月を要するが、その間に産業界はわずかに構造を変えただけの代替物質を市場に投入する。一つの懸念物質が別の懸念物質に置き換わる「残念な代替」が頻発する「いたちごっこ」が始まったのだ。

 この問題を解決するために取り入れられた措置が、「PFASグループ」である。現在、国際的に統一されたPFASの定義はないが、最も影響力を持つのが、経済協力開発機構(OECD)が18年に提示した「少なくとも一つのフッ素化メチル(-CF3)基またはメチレン(-CF2)基を含む物質」という定義である。この定義には、数千から1万種以上にもおよぶ膨大な数の化学物質が含まれる。その結果、これまでPFASとは見なされなかった多くのフッ素系化学物質が、PFASとして浮上することになった。


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