2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年11月15日

 有機フッ素化合物(PFAS)は、世界中に深刻な汚染を起こしながら、明確な健康被害が確認されない「沈黙の化学物質」であり、その規制については、各国で対応が分かれている。先頭を走っているのが「予防原則」を政策目標に掲げる欧州連合(EU)であり、数千から1万種以上あるといわれるPFASすべてを、一括して規制することを計画している(『「沈黙の化学物質」PFASとどう付き合えばよいのか?新たな規制の動き、「一括管理」で産業や社会基盤に影響も(前編)』)。

(NaokiKimpanumas nikomkai/jurisam/Visivasnc/gettyimages)

 しかし、PFASは医療、農業、電子機器など、様々な分野で活用され、この規制が実装されれば、社会への影響は極めて大きい。これらの産業におけるPFAS活用の実情と規制の影響、そしてこの問題の今後について考えたい。

多大な影響を受け得る医薬品・医療機器

 規制の拡大の最も深刻な影響を受ける可能性があるのが医薬品・医療機器分野である。一部の医薬品は、有効成分自体がPFASに該当する。より深刻な影響は、製造プロセスと製品の部材に使用されるPFAS、特にフッ素ポリマーである。

 バイオ医薬品は極めて高い純度が要求されるため、腐食性の高い化学薬品や溶剤に耐え、かつ製品への不純物の溶出を最小限に抑えるPTFEなどのフッ素ポリマーが使用されている。薬剤の包装材料や、喘息治療用の吸入器では、薬剤が容器に付着するのを防ぎ、正確な量を投与するためにPFASが利用されることがある。

 医療機器の分野では、体内に留置されるカテーテルやステント、人工血管などは、血液との反応を抑える生体適合性や、体内への挿入を可能にする低摩擦性を実現するために、フッ素ポリマーによるコーティングが広く採用されている。

カテーテルやステントでもフッ素ポリマーが使われている(Christoph Burgstedt/gettyimages)

 欧州製薬団体連合会(EFPIA)によれば、欧州の薬品製造の93%が何らかの形でフッ素ポリマーに依存しているので、これらの供給が途絶えれば、製造そのものが停止する。製造設備や包装材料を代替品に変更する場合、規制当局による厳格な審査と再承認が必要となる。これには膨大なデータと検証が求められ、数年から十年以上の歳月と莫大なコストを要する。

 そして、EUの医薬品の98%が承認変更を必要とし、その結果、医薬品の70%以上が供給不足に陥る可能性があるとしている。こうした状況を背景にして、EUの規制案が、医薬品の有効成分については適用除外としているが、製造から医療機器に至るまでの広い範囲も適用除外の対象とすることを要求している。


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