空調・冷凍業界はGWPの高いHFC冷媒からGWPの極めて低いHFO冷媒への転換に巨額の投資を行い、技術開発を進めてきた。そしてこの転換は、脱炭素社会の実現に向けた産業界の重要な貢献と位置づけられてきた。ところが、その努力の結晶であるHFO冷媒が、今度はPFASとして禁止されようとしている。
代替冷媒として、二酸化炭素、アンモニア、プロパンといった「自然冷媒」が存在する。これらはGWPが低いという利点がある一方で、大きな技術的課題が存在する。
二酸化炭素は運転圧力が高いため、システム全体を耐高圧仕様にする必要があり、機器のコスト増や重量増につながる。アンモニアは優れた熱力学的特性を持つが、毒性と腐食性があるため、安全管理が難しく、家庭用などの小規模な設備への適用は難しい。プロパンなどの炭化水素系冷媒は、熱性能は高いが可燃性のため、家庭用エアコンやカーエアコンでの使用は難しい。
結論として、現時点では、HFO冷媒が持つ高い安全性、エネルギー効率、経済性のバランスを、全ての用途において満たすことができる代替技術は存在しない。
日本も含め産業界も危機感
こうした規制による影響を日本の産業界も懸念している。日本弗素樹脂工業会は、EUの規制案に対して明確な反対の立場を取り、「フッ素樹脂は安定で毒性がなく、人の健康と環境への影響はない」と断言し、フッ素樹脂はいかなる規制も免除されるべきとの見解書を欧州化学品庁(ECHA)に提出した。経団連をはじめとする日本の業界団体も、同様に規制の見直しを求める意見を提出している。
欧州化学工業連盟も懸念を表明している。PFASが、バッテリー、半導体、電気自動車(EV)、再生可能エネルギー設備といった、EUがグリーンディール政策や戦略的自律性のために推進する最重要分野において不可欠であることを強調し、規制はこれらの重要産業のサプライチェーンを寸断し、結果的にEU諸国の産業競争力と政策目標の達成を著しく損なうと警告している。
EUの「予防原則」
EUの環境政策の基礎は、環境や人体への影響が明らかでない場合でも、その懸念が大きいときには規制する「予防原則」である。その政治的な目的は、健康と安全を最優先する、厳格な姿勢を示すことで、消費者の信頼を確保し、政策の信頼性を高めようとするものである。
これまでに予防原則の対象になった事例は多く、食肉での成長ホルモンの使用禁止、乳幼児用哺乳瓶へのビスフェノールAの使用禁止、食品添加物としての二酸化チタンの使用禁止などがある。他方、これらのリスクは、科学的には確立していない、あるいは否定されているため、日米両国では、これらの措置は実施されていない。
他方、予防原則の「安易な適用」により、政策が行き詰まった例も多い。例えば除草剤グリホサートに発がん性があるとして、その使用承認の終了を計画したが、欧州食品安全機関(EFSA)が発がん性を認めなかったことと、除草剤を必要とする農民の激しい抗議で、使用承認を延長した。
