2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年10月12日

 トランプ大統領は、解熱鎮痛剤タイレノール(有効成分:アセトアミノフェン)と自閉症が関連しているとし、妊婦がアセトアミノフェンの使用を控えることを医師に通知するよう食品医薬品局(FDA)へ指示した。これに対して、医学界と科学界から厳しい批判が浴びせられた。この異例の警告の背景について解説する。

タイレノール。妊婦の解熱鎮痛剤服用に自閉症リスク トランプ政権が主張(AP/アフロ)

大統領声明とケネディ厚生長官の影響

 トランプ大統領は、妊婦はタイレノールを服用せずに発熱や痛みを「我慢する」ことを促した。さらに、「自閉症の原因を見つけた」とも述べ、医学界が解決できなかった長年の謎を、政権が解明したかのような印象を与えた。

 この政策の推進力となったのが、ケネディ厚生長官である。彼はトランプ大統領と並んで発表の場に立つことで、自身が中心的な役割を果たしたことを示した。

 ケネディ長官は、農薬や添加物のような「環境要因」と自閉症を結びつける説や、ワクチンと自閉症の関連を長年にわたり主張してきた。そして、タイレノールもまた自閉症を増加させる「環境毒素」と主張している。

 この発表に先立ち、ケネディ長官が厚生省の報告書で、妊娠中のアセトアミノフェン使用を自閉症と関連付ける記述をすると報じられている。また、米国立衛生研究所(NIH)が自閉症の遺伝的要因に関する「実りのない研究」に注力してきたと批判し、国の研究優先順位を、自身が重視する「環境要因説」へと転換させる方針を明らかにしている。

世界の医療・科学界から反論

 米国内外の医療機関、規制当局、科学者からは、批判が寄せられている。米国産科婦人科学会会長のスティーブン・フライシュマン博士は、トランプ大統領の発表を「無責任」「非常に懸念される」「科学的証拠の裏付けがない」と断じ、この発表が妊婦を恐怖に陥れ、混乱を招くと懸念している。

 母体胎児医学会は、タイレノールと自閉症の因果関係は確立されておらず、妊娠中の発熱や痛みの治療にはタイレノールが適切な選択肢であると発表。米国小児科学会は、ケネディ長官のワクチンに関する言説に反論し、自閉症との関連は繰り返し否定されており、科学を偽って伝えることは子供の健康への脅威となると述べている。

 英国の医薬品・医療製品規制庁は、妊娠中のアセトアミノフェンの使用と自閉症を結びつける科学的事実は存在しないと述べた。英国のモニーク・ボサ博士ら専門家も同様の見解を示し、政権の主張を、女性が適切な医療を受けることを妨げかねない「恐怖を煽る行為」だと批判した。


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