2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年10月12日

自閉症の研究の現状

 科学の現状を見ると、妊娠中のアセトアミノフェン使用と、自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)のような神経発達障害との間に、統計的な「相関」があるという報告は確かにあり、トランプ大統領はそのような論文を引用している。しかし、「相関」とは、あくまで統計的なものであり、因果関係の証明ではない。

 これらの観察研究の最大の弱点は、「家族性の交絡因子」を制御できないことにある。

 ある家族は、妊娠中に鎮痛剤を必要とするような健康問題が起こる遺伝的素因と、神経発達障害を持つ子どもを産みやすい遺伝的素因の両方を持っている。すると、妊娠中の鎮痛剤の摂取と、生まれた子どもの自閉症に相関が見られる。しかし、2つの遺伝的素因は独立して働くので、鎮痛剤を飲んでも自閉症の子どもが生まれない場合も、逆の場合もあり、鎮痛剤が自閉症を引き起こすという因果関係は存在しないのだ。

 この交絡因子の影響を排除したのが、2024年に発表されたスウェーデンの研究である。同じ母親から生まれた姉妹を比較して、片方の妊娠ではアセトアミノフェンを使用し、もう片方では使用しなかったケースを分析することで、家族内の遺伝的および環境的要因を制御した。

 その結果は、アセトアミノフェンと神経発達障害との関連性が完全に消失したのである。他の研究で見られた関連性が薬剤自体ではなく、交絡因子によるものであることを強く示唆している。

 疫学研究には「エビデンスの階層」という概念が存在する。姉妹の比較のような強力な対照群を持つ大規模研究は、より小規模な観察研究よりも信頼性が高いと見なされる。政権の主張は、この科学的推論の基本原則を無視するものであった。

 彼らは、自身の仮説を裏付ける質の低い観察研究を取り上げ、より質の高い研究の結果を軽視したのだ。これは単なるデータの解釈の違いではなく、科学的思考の根幹をなす原則の否定である。

妊婦が「我慢する」ことのリスク

 医学専門家は一致して、妊娠中に発熱や痛みを治療しないことのリスクを警告している。特に妊娠初期の高熱は、流産、早産、そして先天性異常と関連している。

 アセトアミノフェンは、妊婦にとって最も安全であり、しかも市販薬として手軽に利用できる数少ない鎮痛剤である。なぜなら、イブプロフェンやナプロキセンといったNSAIDsと呼ばれる一般的な鎮痛剤は、胎児の発育へのリスクがあることから、特に妊娠20週以降は推奨されていないためである。

 したがって、妊婦にアセトアミノフェンを飲むことを「我慢する」よう助言することは、胎児に大きなリスクを負わせることになりかねない。


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