2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年8月12日

 新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以来、マスクは政策の劇的な転換、激しい科学論争、そして社会文化的な力学が作り出した混乱に巻き込まれてきた。日本では一種の「マスク神話」が広がり、真夏日が続く現在も着用者を見かけ、医療機関などではいまだに着用が求められる。マスクには本当に感染予防効果があるのか、また熱中症のリスクを高めるのかを検証する。

マスクを着用の効果は実際どのようなものなのか(Prostock-Studio/gettyimages)

当初、マスクが推奨されなかった理由

 新型コロナの流行発生当初、世界保健機関(WHO)と米国疾病予防管理センター(CDC)は、一般市民のマスク着用を推奨しなかった。その理由は主に二つある。

 第一に、世界的なマスク不足が深刻で、医療従事者への供給が最優先課題だったこと。第二に、当時は症状のある人の咳やくしゃみによる「飛沫感染」が主な感染経路と考えられており、無症状の人は感染を広げないと見なされていたため、マスクは不要と考えられていたのである。

 マスク着用の習慣がない欧米では、この「マスク不要」というメッセージは当然のこととして受け入れられた。しかし、日本はそうではなかった。多くの人が「医療従事者を守れるほど効果があるなら、自分も使いたい」と考え、熾烈なマスク争奪戦が起こったことは記憶に新しい。

 ところが2020年初頭から、無症状または発症前の人からの感染事例が次々と報告されるようになった。決定的だったのは、無症状の人の上気道から検出されるウイルス量が、症状のある患者と同じくらいに多いという科学的知見であった。

 健康に見える誰もが感染源になりうるという事実は、すべての人が他者に感染させないための予防策を講じる必要性を示した。そして、ワクチン開発前の状況では、最も現実的な予防手段がマスクだったのである。

 最初に方針を転換したのはCDCで、2020年4月3日、布マスクに限り一般市民の着用を推奨した。しかし、WHOが同様の方針を打ち出したのは2カ月後の6月5日であり、この間、CDCとWHOの方針は対立状態にあった。

 この方針のずれが米国で不協和音を生み、民主党はCDCを、共和党はWHOを引用して、それぞれマスクの推奨と反対を主張する激しい「マスク論争」が巻き起こった。WHOがマスク推奨に転じる頃には、米国の「マスク戦争」は膠着状態に陥り、マスクは単なる感染防止ツールではなく、政治的スタンスを示すシンボルと化していた。当時、トランプ大統領はマスクを「弱さの象徴」とみなし、公の場で着用せず、共和党支持者の間では「マスク着用は政府の過剰介入であり、自由の制限だ」との声が上がった。


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