2025年7月16日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年7月1日

 新型コロナ対策の「顔」であった尾身茂氏から、衝撃的な発言が飛び出した。2025年6月8日に放送されたテレビ番組「そこまで言って委員会NP」での一幕である。

尾身氏がコロナワクチンは「残念ながら感染予防効果はあまりない」と発言した意味とは(つのだよしお/アフロ)

 コロナワクチンの有効性について問われて、「残念ながら感染予防効果はあまりない」と明言したのだ。これに対して、「感染を予防すると言っていたじゃないか」などの批判が続いている。この発言を理解するためには、コロナワクチンをめぐる経緯を思い出す必要がある。

唯一の希望がワクチンだった感染拡大初期

 2020年初頭、中国・武漢で発生した未知のウイルス感染は、瞬く間に世界的な脅威へと姿を変えた。1月31日には世界保健機関(WHO) が 「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」とするパンデミック宣言を発し、4月2日には世界の感染者数が100万人を突破して、日本での感染も瞬く間に拡大した。

 ところが、この目に見えない強力な敵と戦う武器は、マスク、手洗い、3蜜防止という、その効果も不確実な手段しかなく、しかも瞬く間にマスクと消毒剤の不足が深刻化し、人々が店頭に殺到する光景は日常となった。

 この絶望的な暗黒の中で、唯一の希望がワクチンだった。象徴的なのが、20年に発表された米トランプ政権の「ワープ・スピード作戦」である。これは、第二次世界大戦中の原子爆弾開発計画「マンハッタン計画」になぞらえた、政府機関、軍、民間企業を総動員してワクチン開発を加速させる国家的な試みであり、その目的は1年以内に、安全で有効なワクチン数億回分を、米国民に供給することだった。

 臨床試験の結果が出る前に、並行してワクチンの大量生産の準備を進め、開発に失敗したときのリスクを政府が負担することとし、さらにmRNAワクチンという最新技術が使われた。これは製薬企業のリスクを軽減し、開発を促進するための戦略的な賭けであった。

 その効果は驚異的で、通常は数年かかるワクチン開発を1年以内に短縮し、20年半ばにはファイザー、モデルナ、アストラゼネカといった大手製薬企業のワクチン約20種類が臨床試験に進んだ。これを見て各国政府はワクチンの開発支援と並行して大規模な事前購入契約を締結しようとして、国際的な競争が起こった。

 米国政府は、ファイザー/ビオンテックとモデルナにそれぞれ約60億ドルを含む、総額190億ドル以上を拠出し、ドイツ政府も、国内企業に対し、総額7億5000万ユーロの支援を表明した。

 日本もこの世界的な潮流に乗り遅れることはなかった。政府は「ワクチン生産体制等緊急整備事業」を立ち上げ、塩野義製薬に約223億円、武田薬品工業(ノババックス社からの技術導入)に約301億円など、巨額の補助金を投じた。

 さらに政府は、20年10月にモデルナ社と5000万回分、12月にアストラゼネカ社と1億2000万回分、そして21年1月にはファイザー社と1億4400万回分(最終的に追加契約含め1億9400万回分)の事前購入契約を締結した。その結果、ファイザー社は21年に売上高が約9兆円に倍増し、世界の製薬会社ランキングで首位に躍り出るなど、空前の利益がもたらされた。


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