2025年12月30日(火)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2025年12月30日

序論:コペルニクス的転回を迎えた日本の資源戦略

 かつて、日本の深海資源開発は「夢物語」と揶揄された。水深5000メートルを超える深海底から、1キログラムあたり数百円から数千円の「泥」を汲み上げるなど、経済合理性の欠片もないと考えられていたからだ。私自身、十年ほど前までは、その技術的障壁とコストの高さから、南鳥島プロジェクトには冷ややかな視線を送っていた1人である。

 しかし、2026年という地点に立ち、私はその認識を根本から改めた。これは単なる「鉱山開発」ではない。日本という国家が、半世紀に及ぶ「資源貧国」という呪縛を自らの手で解き放ち、海洋国家としての真の独立を果たすための「国家意思」の証明である。

海底資源探査のイメージ(Naeblys/gettyimages)

1. 泥の中に眠る「宇宙の記憶」 ―― 超高品位レアアース泥の正体

 南鳥島周辺のEEZ(排他的経済水域)内に広がるレアアース泥は、地球の歴史が生み出した奇跡的な産物である。地質学的な調査によれば、この泥の形成には数千万年前の地球規模の環境変化が関わっている。海水中に溶け出したレアアースが、リン酸カルシウム(魚の骨や歯の化石)に吸着し、それが深海底に長い年月をかけて堆積したのだ。

 特筆すべきは、その「品位」と「選鉱の容易さ」である。

  • 品位:南鳥島沖の「超高品位泥」は、REY濃度が5000ppm(0.5%)を超え、局所的には8000ppmに達する。これは世界の主要な陸上鉱山に匹敵、あるいは凌駕する数値である。
  • 物理的特性: 陸上の鉱石は硬い岩石を粉砕し、化学薬品を用いて複雑な抽出工程を経る必要がある。しかし、南鳥島の資源は「泥」である。汲み上げた時点で粉砕の必要がなく、さらに特定の粒径にレアアースが濃集しているため、簡易的な遠心分離によってさらに品位を高めることが可能であることが判明した。

 この地質学的特性こそが、かつて否定派だった私を驚かせた最大の要因である。

2.「重希土類」の独占という盾と矛

 レアアースと一括りにされるが、その価値は「軽」と「重」で天と地ほどの差がある。中国が圧倒的なシェアを握り、世界が喉から手が出るほど欲しているのは、EVのモーターや防衛産業に欠かせない「ジスプロシウム(Dy)」や「テルビウム(Tb)」といった「重希土類」である。

 南鳥島の資源が戦略的と言われる所以は、この重希土類の含有比率が極めて高い点にある。現在、世界が中国以外で依存しているオーストラリアやアメリカの鉱山は、主に軽希土類が主体だ。重希土類に関しては、依然として中国のイオン吸着型鉱床に頼らざるを得ない構造が続いている。南鳥島周辺だけで、ジスプロシウムは世界消費の数百年分が眠っている。日本がこの蛇口を握ることは、エネルギー転換(GX)における主導権を確保するだけでなく、外交における強力なカードを持つことを意味する。

3. 天文学的価値 ―― 165兆円の「眠れる国富」

 ここで、南鳥島レアアースが持つ潜在的な資産価値を、2026年現在の国際価格と推定資源量(1600万トン)から試算してみよう。

 南鳥島の資源は、高価な重希土類の含有率が極めて高いため、一般的な鉱山よりも高い平均単価で評価される。現在の地政学的プレミアムを反映した市場価格に基づくと、その総資源評価額は以下の通りとなる。

計算式: \bm{16,000,000,000 \text{ kg} \times \$70/\text{kg} \approx \$1.12 \text{ Trillion}}

  • ドルベース: 約 1.1 兆ドル (1.1 Trillion USD)
  • 円ベース: 約 165 兆円(1ドル=150円換算)

 この「165兆円」という数字は、日本の一般会計予算の1.5年分に匹敵する。一地点の海底にこれほどの富が集中している例は、世界の鉱業史上でも類を見ない。これは単なる数字ではなく、日本が「資源大国」へ転換するための揺るぎない経済的裏付けである。

4.技術的障壁の突破 ―― 2026年の技術的到達点

「深海5000メートルからの揚泥」という難題に対し、日本は独自の解答を出しつつある。従来の石油・ガス掘削技術を応用した「ライザーパイプ方式」の進化に加え、2026年現在、注目されているのは「水中ポンプ+スクリュー集泥」の統合システムである。

  • 耐圧と重量の克服:600気圧という超高圧下で動作する大出力水中モーターの開発、そして数千メートルのパイプ自重を支えつつ柔軟に動かすダイナミック・ポジショニング・システム(DPS)の精度向上は、日本の海洋土木技術の結晶である。
  • 環境への配慮:泥を汲み上げた後の「戻し水」が海域の生態系に与える影響については、長期間のモニタリングが続けられている。

「技術的に不可能」という言葉は、もはや過去のものとなった。「いかに安定して、いかに低エネルギーで回すか」という、実用化フェーズの議論へと移行したのである。


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