2025年12月6日(土)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2025年9月1日

 1970年代から90年代にかけて、世界市場を席巻した日本の製造業は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛された。高品質な家電製品や自動車は国際競争力を誇り、レアメタルを含む資源開発も国家戦略として積極的に推進された。しかしながら、1985年のプラザ合意後の急激な円高は輸出競争力を低下させ、バブル崩壊後の「失われた30年」へと至る端緒となった。

 現在、トランプ大統領によって提唱された80兆円(5500億ドル)規模の対日投資構想は、日本にとって大きな転機となり得る可能性を秘めている。もとより80兆円という金額は、あくまでも議論の出発点であり、現時点において過度に拘泥する必要はない。トランプ大統領の言動は流動的であるため、今後の政権交代など国際情勢の変化によって、この構想自体が大きく変容する可能性も否定できない。

 仮に巨額投資が実現した場合、日本はこれを国家戦略に整合させ、国益を最大化する形で活用する必要がある。既に筆者は、アラスカにおける天然ガス資源開発、レアアースを含む海底鉱物資源の共同開発等を戦略的投資の具体例として提案した。

 これらの提案に加え、日本のハイテク産業、特にレアメタル・資源開発の観点から、凋落の要因と今後の課題を分析し、巨額投資を梃子に「失われた30年」からの脱却を図るための方策を探る。

(MirageC/gettyimages)

円高と工場海外移転の功罪
技術流出という見えない代償

 円高は輸出企業に深刻な打撃を与え、生産拠点の海外移転を加速させた。財務省の国際収支統計によれば、日本の対外直接投資は1980年代後半の年間100億ドル規模から、1990年代には年間300億ドルを超える水準へと急拡大した。中国を始めとする新興国への工場移転は、短期的にはコスト削減に貢献したものの、同時に技術流出の深刻なリスクを孕んでいた。液晶パネル製造において、日本の技術が台湾や韓国へ移転し、結果としてこれらの国々が世界シェアを席巻した事例は記憶に新しい。

 特に、高性能モーター用磁石に不可欠なネオジム磁石の製造技術や、二次電池材料に関するノウハウなどは、海外移転や合弁事業を通じて中国企業に吸収され、彼らの技術力向上に大きく寄与した。これは、目先の利益を優先し、国家の技術基盤という不可視の資産の維持・発展を軽視した結果であると言える。巨額投資を国内産業の強化に活用することで、この流れを反転させ、失われた技術基盤を再構築する契機とすることが重要である。

産業競争力の低下

 日本の産業競争力は大きく低下した。特に半導体や液晶パネルといったハイテク分野における競争力の低下は深刻であり、経済産業省の調査では、半導体製造装置の世界シェアは、1990年代に50%近くあった日本が、2020年には約30%にまで低下し、世界における地位の低下が顕著である。特許庁のデータによれば、日本の企業による国際特許出願件数(PCT出願)も2000年代半ばをピークに停滞傾向にあり、中国や韓国の伸びに比べて勢いを欠いている。これは、研究開発投資の不足が技術革新の停滞を招いている証左である。巨額投資を研究開発に戦略的に振り向けることで、この状況を打破し、再び世界をリードするイノベーションを生み出す必要がある。

教育・研究投資の不足
未来への投資を怠ったツケ

 1990年代以降、日本の教育・研究投資はGDP比で横ばい、もしくは減少傾向にある。文部科学省の科学技術研究調査報告によれば、日本の研究開発費の対GDP比はOECD諸国に比べて低い水準にある。

 特に、基礎研究費の伸び悩みは深刻であり、国立大学の運営費交付金の削減も、大学や研究機関の財政難を招き、優秀な研究者の海外流出や若手研究者の育成不足に繋がっている。国立科学技術・学術政策研究所の調査では、日本の博士課程進学者数は減少傾向にある。これは、資源開発分野においても同様であり、基礎研究や人材育成への投資不足が、技術革新の遅れと国際競争力の低下を招いた一因である。

 レアアースのリサイクル技術や、海洋鉱物資源の探査・採掘技術といった次世代技術の開発において、欧米や中国に後れを取っている現状は、この投資不足のツケと言えるだろう。巨額投資を人材育成、特に理系人材の育成に重点的に投入することで、未来を担う研究者・技術者を育成し、日本の科学技術力の底上げを図ることが喫緊の課題である。


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