「クマを見たら動くなよ。見つけたら、木の陰に隠れてじっと待て。動くと、襲ってくるぞ」
11月30日、午前6時30分。長野県・東信エリアの集合場所に小誌取材班が到着すると、メンバー全員から〝親方〟と慕われる楢原繁則さん(77歳)にこう忠告された。楢原さんの眼光は鋭く、これから足を踏み入れる場所が、死と隣り合わせの危険地帯であることを痛感させられた。
この日行われたのは、クマの「巻き狩り」である。獣を追い込む「セコ」と、それを迎え撃つ「タツマ」とに役割を分けて狩猟に臨む。
取材班は二手に分かれ、「セコ」で小諸市農林課に勤務する櫻井優祐さん(40歳)と「タツマ」で団体役員の田中直樹さん(42歳)に密着取材することにした。彼らは、小誌2024年12月号特集「令和のクマ騒動が人間に問うていること」で取材した狩猟グループ「Hunting Team狩顚童子」のメンバーであり、1年ぶりの再会だった。
午前7時。気温はマイナス1度だ。メンバーは地図を広げ、それぞれの配置や作戦を入念に確認した後、無線機とGPSを装着して山のふもとへと向かっていった。
セコの櫻井さんは、弾の入ったベストと散弾銃、合わせて5キロ・グラムほどの重量を背負い、山へ入ると、私たちに優しく促した。
「配置に着くまでの道中、なるべく枝を踏む音を出さないように……。獣たちは普段、居場所が知れてしまうような大きな音を出しません。それと同じです」
この日のセコは3人。まずは山の等高線を読み、「下め」「中間」「高め(尾根筋)」それぞれの配置を目指す。櫻井さんはセコ長として2人をリードし、かつ全体の無線が受信しやすい「高め(尾根筋)」を担当。つまり、急斜面の〝道なき道〟を進まなければならない。
両手で枝木をつかんでようやくよじ登れる斜面では腹ばいになった。人間も、野山では「4足歩行」の方が、都合が良いのかもしれない。
「場所にもよりますが、頂上までは直線距離で約600メートルから1.5キロ。急斜面を登り上げて、さらにタツマがいる方へ約2キロ(獣たちを)押すので、心が折れそうになる時もありますが、獣の気配がすると血が騒ぎ、疲れを感じなくなるのです」
到着した尾根の標高は1300メートル。午前9時過ぎ。タツマを含む13人全員が配置に着いたことを確認すると、等高線上に沿って尾根を歩き始めた。
「ううおぉー、うぉい!!」
こだまするほど大きな声を上げると、山の中間からも同じ声が返ってくる。獣を追い込みながら、仲間の位置関係も同時に把握していく。それを繰り返していた時だった。午前11時20分過ぎ。遠くから銃声が聞こえ、無線が飛ぶ。
「〝ワラジ〟ゲットです」
ワラジとはクマのことだ。タツマの一人でベテランの山岸修一さん(62歳)がクマを仕留めたという連絡が入ったのだ──。
