2025年は除草剤「ラウンドアップ」について、大きな動きがあった年だった。米国で数万人のがん患者らがドイツの製薬大手バイエルンを相手取り起こしている訴訟で、バイエルン側が「安全である」と主張する根拠となる論文が撤回された。しかしその後、トランプ大統領がすべての訴訟が取り消しになり得る宣言をした。長年続いていた争いが大きな転換点を迎え、26年にまた大きな動きを見せそうだ。
そもそも、この「ラウンドアップ訴訟」はどのように起きて、現在にまでつながっているのか。この物語は単なる裁判の話ではなく、「科学」と「企業活動」と「訴訟ビジネス」と「政治」が複雑に絡み合う、一発逆転と裏切りのノンフィクション・サスペンスである。
モンサント買収とともに破裂した〝爆弾〟
18年6月、ドイツのレバークーゼンにあるバイエル本社で、最高経営責任者(CEO)のヴェルナー・バウマン氏は、米国の種子・農薬大手モンサントの買収完了を宣言した。買収額は630億ドル(10兆円)。それは、世界の食料生産を支配する「農業帝国の完成」を意味していた。
しかし、祝杯の裏で、不気味な警告音が鳴り響いていた。その3年前の15年。世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)は、モンサントのドル箱商品であるラウンドアップの主成分グリホサートを「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」に分類し、これをきっかけにして米国法律事務所がモンサントを相手取って、ラウンドアップが原因でがんになったとする大規模集団訴訟を起こしていたのだ。
ところが、バイエル経営陣は、資産査定を行った弁護士たちの言葉を信じていた。「心配はいりません。米国の環境保護庁(EPA)は40年にわたり『発がん性なし』と認めています。世界の規制当局も、IARCの判断は間違っていると言っています。科学と規制当局は我々の味方です」。
彼らは、米国の「不法行為法」が、科学的真実だけでなく、「物語」によって動く魔物であることを理解していなかったのだ。そして、買収契約書のインクが乾くよりも早く、カリフォルニアの裁判所で最初の爆弾が破裂し、世界の企業合併史上、最も悲惨な計算違いの一つとして記録されることになった。
