弁護士事務所の真っ黒な疑惑
実は、この物語の主役は企業でもがん患者でもない。大手法律事務所である。その最大の収入源が不法行為法で、1990年代にはたばこ訴訟で最大1110億ドル(18兆円)の収益を上げたと推計され、2000年代にはアスベスト訴訟で数百億ドル、10年代からは有機フッ素化合物PFASが、18年からラウンドアップ訴訟が巨大な収入源になっている。
勝訴すれば巨額の賠償金を得られることに目を付けた投資家は、いまや株や先物取引と同じ感覚で、複数の訴訟を束ねたポートフォリオに投資している。その規模は、23年だけで2.5兆円という巨大産業になっている。これが法律事務所の活動資金になる。
原告の数が多いほど賠償金も多くなる。潤沢な資金を手に入れた法律事務所は多くの原告を集めようとするが、その実態は単なる募集ではなく、「洗脳」である。
ラウンドアップ訴訟では、1億3100万ドル(210億円)の広告費を投じて、テレビやネットで「がんになったのは、ラウンドアップのせいかも」と繰り返し流した。その目的は、訴訟の陪審員や、将来陪審員になるかもしれない人に、「ラウンドアップは危険」というイメージを刷り込むことだ。こうして、裁判が始まる前から、ラウンドアップは「危険物質」にされたのだ。
ラウンドアップ裁判は法律事務所が収益のために仕組んだ事件だ。16年から18年にかけて、そんな疑惑を明らかにしたのが、ロイター通信のケイト・ケランド記者、「リスク・モンガー」という異名を持つデビッド・ザルック氏らだ。
そこに登場するクリストファー・ポルティエ氏は、IARCが「ラウンドアップにはおそらく発がん性がある」と判定した会議に「招待専門家」として参加し、ラウンドアップを「有罪」にする評価を主導した。そしてIARCの会議のわずか数日後に、モンサントを訴えた法律事務所とコンサルティング契約を結び、少なくとも16万ドル(2600万円)の報酬を受け取った。さらに裁判では原告側の証人として出廷している。
バイエル側弁護士は、「これは出来レースだ! IARCが発がん性ありと評価したのは、科学のためではない。ポルティエ氏と弁護士たちが、モンサント社から金をむしり取るために仕組んだ陰謀だ!」と主張している。
結局、法律事務所が目指すのは「科学的な真実」ではない。巨額の資金で訴訟を準備し、広告で世間の恐怖を煽り、多数の原告を集め、法廷で「巨大企業 vs 哀れな被害者」という感動的な、しかし歪んだ物語を演出し、すでに洗脳されている陪審員の感情を揺さぶることで訴訟に勝ち、巨額の賠償金を手にする。
そのためには、国際機関にまで協力者を送り込み、都合がいい評価を出させる。これが「訴訟ビジネス」の正体なのだ。
パンドラの箱と「モンサント・ペーパー」
こうして、慎重に計画された法廷闘争の最前線に立ったのは、若きブレント・ウィズナー弁護士だった。彼は、末期の非ホジキンリンパ腫に苦しむ学校のグラウンドキーパー、ドウェイン・ジョンソン氏の代理人を引き受けた。裁判の「証拠開示手続き」で、モンサントの数百万ページに及ぶ電子メールやメモを入手し、企業の「不都合な真実」を見つけたのだ。
