こうして法廷は再び、ウィズナーたちの独壇場となった。バイエル側の毒性学者が証言台に立った時、裁判官は彼が「専門外の私見」を述べたとして、陪審員に「聞かなかったことにせよ」と命じた。防御の盾を奪われたバイエルに対し、原告側は「モンサントは発がん性を知りながら、何十年も警告ラベルを貼らなかった。これは今も続く悪意だ」と畳み掛けた。
結果は、22億5000万ドルという、これまでに最高の賠償金になった。23年から24年にかけて、バイエルは4件の訴訟で敗訴した。
フィラデルフィアの陪審員は、「科学的事実」など意に介さなかった。彼らが見ていたのは、巨大企業の「傲慢さ」だけだった。しかし、バイエル側も善戦し、2件で無罪を勝ち取っている。
「論文撤回」の意味
25年12月、バイエルにとって「悪い状況」が訪れた。長年、安全性の証明として引用されてきた2000年の「ウィリアムズ論文」が、学術誌から正式に撤回されたのだ。「偽の執筆者」の疑惑が事実だったと、科学界が認めたことになる。
なぜ、執筆から25年後の今、撤回になったのか。これは、「誰が得をするのか」を考えればすぐにわかる。裁判で、「モンサント社は科学を操作していた」という原告側の主張を裏付ける決定打となる可能性があるのだ。ここにも弁護士事務所の影が見え隠れする。
巷では、「グリホサートが安全という根拠論文が消えた」などと言う科学音痴のフェイクニュースが流されている。しかし、撤回の理由は、「著者の正体を隠した」という倫理上の問題であり、論文の内容に間違いがあったからではない。すべての論文は、発表後、多くの研究者の批判を受けるのだが、発表から25年間、この論文に間違いがあったという指摘はない。
さらに、最近になって、米国の5万人以上の農家を長期間追跡調査した『AHS(農業保健研究)』で、ラウンドアップはがんを起こさないことが明らかになり、この論文の正しさが証明されている。もちろん著者名の偽造は厳しく批判されなければならないが、それは内容の正しさとは別の問題である。
政権の変心と最高裁への賭け
25年末、土俵際まで追い詰められたバイエルに残された道は、もう一つしかなかった。連邦最高裁判所による「一発逆転」である。
バイエルの主張はこうだ。「環境保護庁(EPA)は『グリホサートに発がん性はない』と断定し、警告ラベルを貼ることを禁じている。それなのに、州の裁判所が『警告しなかったから有罪』とするのは、連邦法と矛盾しており、憲法違反だ」。
この法的な綱渡りに、頼もしい援軍が現れた。第一次トランプ政権下で、米国司法省は、「EPAの科学的専門性は、素人の陪審員や州法よりも尊重されるべきである」とする意見書を提出し、最高裁に審理を促したのだ。ところが、バイデン政権に代わると、司法省はこの意見書を取り消してしまった。第二次トランプ政権になると、25年12月、司法省は再び「バイエル支持」へと舵を切り、同じ意見書を提出したのだ。
終わらない戦争
物語はまだ終わっていない。もし最高裁がバイエルの主張を認めれば、係争中の数万件の訴訟は、魔法のように消滅し、バイエルは救われる。しかし、認められなければ、撤回された論文という致命的な弱点を抱えたまま、終わりのない泥沼の法廷闘争が続くことになる。
科学と法と金が複雑に絡み合ったこの戦争の最後の審判は、26年のワシントンD.C.で下されようとしている。
