EUのPFAS規制案
EUで進行している包括的な規制案とは、欧州化学品庁(ECHA)に提出したPFAS制限提案書である。その核心は、原則として「全て」のPFASの製造、市場投入、使用を禁止することにある。提案が採用したPFASの定義によれば、1万種以上の物質が規制の対象範囲に含まれる。
この案に対するパブリックコメントが実施され、産業界、研究機関、市民団体などから5600件を超える意見が寄せられた。異例とも言える意見の多さは、この案が社会経済に与えるインパクトの甚大さを物語っている。
現在、ECHA内に設置された委員会が、提案の科学的妥当性、リスク削減効果、そして社会経済的影響について評価を進めている。ECHAは、26年末までに最終的な意見をまとめて欧州委員会に提出し、その後、加盟国との協議を経て、規制が発効するのは、26年から27年以降になる見込みである。
規制案の焦点は、特定の用途に対して例外を認める「適用除外」にある。提案では、18カ月の移行期間後に全てのPFASを禁止する「RO1(全面禁止)」と、18カ月の移行期間に加え、特定の用途に対して5年または12年の追加的な猶予期間を設ける「RO2(適用除外付き禁止)」がある。
適用除外の判断基準が、「社会にとって不可欠な用途」であり、「健康、安全、または社会の機能にとって不可欠であり、かつ、その使用に対して許容できる代替手段(化学物質または技術)が存在しない用途」と定義される。パブリックコメントを受けて、適用除外が大幅に拡大される方向で議論が進んでいる。
産業界の反論
規制案に対し、化学産業をはじめとする産業界は、強い懸念を表明している。反論の中心は、1万種以上もの多様な物質をPFASという一つのカテゴリーで一括りに規制することは、科学的に不合理という点である。
PFASと総称される物質群は、その物理化学的特性が極めて多様であり、水への溶解度、環境中での動態、生体内での蓄積性や毒性も大きく異なることから、一部の物質が持つ残留性、生物蓄積性、毒性を根拠に、物質群全体を禁止する「予防原則」の過剰な適用に警鐘を鳴らし、科学的データに基づいた物質群ごとのリスク評価に基づく規制を求めている。
懸念は、国家レベルの経済安全保障に関わる問題にも発展している。PFASは半導体、電気自動車用リチウムイオンバッテリー、水素社会を実現するための燃料電池、太陽光パネルや風力タービンなど、脱炭素化に不可欠な技術の核心を担っている。これらの供給を断てば、製品の製造が困難になり、中国などへの依存度を高めることになる。これは、EUが掲げる「戦略的自律性」の確立という目標と真っ向から矛盾する。
たとえ特定の重要用途が適用除外として認められても、その他の用途が禁止されることでPFAS全体の市場規模が縮小して、企業は採算が取れなくなり、生産から撤退し、適用除外とされたはずの重要用途向けの供給までもが途絶えてしまうという「ドミノ効果」への懸念も深刻である。
