2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年11月14日

どれだけの規制が必要なのか

 EUの包括的PFAS制限案は理想論であり、実施された場合には大きな混乱を招くことになる。現実に立ち戻って、当初案を柔軟化して、多数の適用除外を伴う形で成立する可能性が高い。特に、医薬品、半導体製造、エネルギー関連技術、航空宇宙・防衛といった、代替が困難で社会的・経済的に「不可欠な用途」と認められた分野では、5年から12年、あるいはそれ以上の猶予期間が設定されるだろう。

 猶予期間が順次終了を迎えると、PFASの使用が禁止されることになるのだが、それが実現するのかは、代替技術の開発と社会実装の状況による。代替が進まない分野では、適用除外期間の延長を巡る産業界と規制当局との対立が激化すると予測される。この時期には、日本や米国でもより包括的なPFAS規制の導入が課題となる可能性がある。

 この課題に対処するために最も重要なことは、深刻な環境汚染が存在するにもかかわらず、明確な健康被害も環境破壊も起こっていない「沈黙の化学物質」という現実を、冷静に受け入れることである。そのうえで、PFASを一括規制するのではなく、科学的特性に基づいたサブグループ、例えば高分子フッ素ポリマー、短鎖PFAS、環境中で分解するPFASなどに分類し、それぞれの性質に応じた規制を設計することである。「不可欠性」は、代替技術の進展によって変化するので、リストを適宜見直して、柔軟な適用をすべきである。

 規制が気候変動対策(Fガス規制)、循環経済政策、産業競争力強化政策、経済安全保障といった他の重要政策と矛盾や衝突を起こさないよう、省庁横断的な影響評価と政策調整を行う常設の体制を構築することが不可欠である。特に、ある規制が推奨する技術が、別の規制で禁止されるといった事態は避けなければならない。

 PFAS問題は、20世紀の化学技術が残した負の遺産であると同時に、21世紀の社会が直面する複雑な課題を象徴している。それは、「沈黙の化学物質」による地球規模の汚染と、その化学物質が可能にしてきた現代社会の技術的便益との間に存在する、深刻なトレードオフである。この問題に対する安易な答えは存在しない。

 「すべてのPFASを即時禁止せよ」という主張は環境保護の理想を体現するが、社会機能の麻痺という許容しがたいコストを伴う。健康被害と環境破壊という観点から、そもそも、どれだけ厳格な規制が必要なのかという、根源的な疑問にも明確に答える必要がある。

後編はこちら

Facebookでフォロー Xでフォロー メルマガに登録
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る