重要なことは、ノセボ効果による症状は「演技」でも「思い込み」でもなく、実際に身体に起きている反応ということだ。脳波や脳血流を測定してみると、痛みを感じる脳の領域が実際に活動している。そしてストレスホルモンが実際に分泌されている。だからこそ、これは軽視できない「情報による健康被害」である。
「汚染されている」という情報が不安を生む
もう少し複雑な例を紹介しよう。「永遠の化学物質」とも呼ばれる有機フッ素化合物PFASによる環境汚染が、世界各地で問題になっている。そして、いくつかの健康被害との関連が示唆されている。自分が住む地域の水道や井戸水からPFASが検出され、自分や家族の血中濃度が高いことが分かると、その情報自体が強い不安と心理的苦痛をもたらすことが、複数の研究で報告されている。
イタリア・ヴェネト州には、世界最悪と言われる広範なPFAS汚染地域がある。ここでの2025年の研究では、血中濃度の検査結果を知ることが、不安や将来の健康への恐れを高めることを明らかにしている。
「あなたの血中濃度は高い」という結果だけが伝えられ、それが何を意味するのか、どう対処すればよいのかが示されないと、不安と苦痛が増幅される。逆に、分かりやすい説明と対応策の提示があれば、「それほど心配しなくてもいい」という感覚を取り戻せたとも報告されている。
オーストラリアの汚染地域を対象とした2021年の研究は、さらに具体的な声を拾っている。住民は自分の血液検査の値が何を意味するのか分からず、地元の医師も十分に説明でなかったため、混乱と不安が募った。特に大きなストレスになったのが、子どもの高い血中濃度だった。その不安に耐えられず、あえて子どもには検査をさせない親もいた。同じ地域の2023年の調査では、汚染地域の住民は、汚染がない地域より「不安の水準」が明らかに高いことが数値でも示されている。
ここでも注意が必要である。PFAS汚染は実在し、血中濃度が高い人がいるのは事実である。だから「不安になるのはおかしい」という話ではない。問題は、血中濃度の情報だけが独り歩きし、それが自分にとって何を意味し、今後どうなるのかという説明が与えられない時、そして、新たな汚染が起こらない対策が実施されていることが十分に説明されない時、情報が不安を引き起こし、余分な苦痛を生むという点にある。
PFASとストレスの健康被害の比較
ここに、この問題を厄介にする核心がある。PFASが引き起こすと疑われる健康影響と、心理的なストレスが引き起こす健康影響が、ほとんど重なっているのだ。
PFASが原因になると疑われている健康影響には、糖尿病・代謝の乱れ、心血管系への影響、コレステロールの上昇、出生体重の低下、免疫機能の変化、腎がん・精巣がんなどがある。一方、慢性的なストレスが引き起こすことが分かっている健康影響には、糖尿病・代謝異常、高血圧・心臓病、早産・低出生体重、免疫低下などがある。
