2026年9月16日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年9月16日

 比べてみると、多くの健康被害が両方のリストに載っている。 つまり、汚染地域である人に高コレステロールや甲状腺異常、潰瘍性大腸炎が見つかった時、それがPFASの直接の作用なのか、「血中濃度が高い」という情報がもたらした不安の結果なのか、それ以外の原因によるものかを区別することが原理的に難しいのだ。

 この重なりは、深刻な逆説を生む。それは、「あなたの血中濃度は高い」という事実を伝えること自体が、心臓病や高血圧のリスクを押し上げる可能性があることだ。だからこそ、リスクの伝え方は、単なる「お知らせ」ではなく、「健康を左右する要因」として、基本から考え直す必要がある。

情報による健康被害を防ぐ

 それではどうしたらいいのか。不安を与えるような情報を隠したり、危険を小さく見せたりすることは答えにならない。それは人々が自分で判断する権利を奪い、信頼を壊し、かえって不安を生むことになる。

 信頼を失った相手からの「安心してください」といわれたら、かえって不安になることは、誰でも理解できる。目指すべきは、正直さを保ったまま、無用の不安を生まない伝え方である。

 それでは、血中濃度が高かった人にどのように説明すべきだろう。その一つの手本が、米国科学アカデミーが2022年にまとめた勧告『PFAS曝露・検査・臨床フォローアップの手引き』である。これは、PFASの血液検査を受けた人に対して、医師がどのように説明すべきかを示した指針である。

 勧告の核心は、血中濃度を「高い/低い」の二択でなく、対応に応じた3段階に分けて示した点にある。7種類のPFASの合計値が2ナノグラム毎ミリリットル(ng/mL)未満であれば、健康への悪影響は想定されないので、通常通りの診療でよい。2〜20 ng/mLであれば、妊娠中など感受性の高い人では悪影響の可能性があるので、曝露源が分かれば減らすよう促し、通常の検診を行う。20ng/mL以上であれば、悪影響のリスクが高まるので、甲状腺機能、腎がんの兆候、精巣がん、潰瘍性大腸炎などに目を配る。

 ここで大切なことは、この方法が「血中濃度が高い」という不安を持つ人に、具体的な対策を示す仕組みになっている点であり、「不安情報と対応を対にする」という模範的な解決策である。米国科学アカデミーは同時に、情報が作り出す心理的な負担そのものにも目を向けた。医師が患者に血中濃度を知らせること自体が不安や精神的苦痛を生むことがあるので、医師は患者の心理的ストレスに十分考慮すべきとしている。

 さらに、米国では住民の9%のPFAS血中濃度が20ng/mLを超えており、高い値が出ること自体は必ずしも特別な事態を意味しない。この事実を伝えることが、過剰な不安や恐怖を防ぐとしている。またPFASと腎がん・精巣がんの関係を示す科学的根拠は「限定的」であり、ここに示した対応はあくまで「予防のための目配り」であって、発病の宣告ではないことを伝える必要があるとしている。

 こうした注意深い前提が守られてはじめて、この枠組みは「情報による健康被害」を防ぐ働きをするのだ。ところが残念ながら、日本ではそのような使い方をしてはいない。


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