多度大社の上げ馬神事(三重県)
若者が馬に乗って急な坂を駆け上がり、豊作を占う、南北朝時代から続くとされる神事である。23年まで、馬に高さ約2メートルの土壁を越えさせていたが、けがをした馬が安楽死させられたことに批判が相次ぎ、関係者が動物愛護法違反の疑いで書類送検された。そこで24年から土壁を撤去するなどの改善策をとって神事を継続し、26年5月にも約2万人の観客を集めている。
この例は、行事の見せ場を変えても、伝統は続けられることを示している。すると、伝統を守って、やりまわしの速度を守ることが本当に必要か。何を変えれば伝統が失われ、何を変えても失われないのかを決めるのは、外部の批判ではなく、担い手自身の議論であるべきだ。
伝統を守るために何を変えるか
伝統の安全は、町の顔なじみが毎年同じ役割を繰り返し、経験を積むことで支えられてきた。ところが今、担い手不足から他の地区の人を借りて曳く町も珍しくない。形は伝統のままでも、その安全を守ってきた土台が崩れつつある。
伝統を守りつつ安全性を高めるために、まず行うべきことは、第三者による事故調査である。また、これまでの事故とヒヤリハットの記録を集めることも重要である。
現在は事故の公式統計は見当たらず、報道を拾い集めたものしかない。けが人の少ない横転は報道されにくく、事故が何回起きたのかもわからない状況では、リスク管理策を策定することができない。
リスクがある伝統行事をめぐる議論は、「危ないからやめろ」と「伝統だから続ける」の対立になりやすい。だが本当の問題は、「どれほどの危険を、誰が、どのような条件で引き受けているのか」が曖昧なまま、祭りが続いていることにある。
リスク評価により、危険を数字と言葉で正直に示す。そして、リスクを小さくする管理策を考える。その上で地域が「それでも続ける」と決めるのなら、それは尊重されるべき文化の選択である。
逆に、リスク評価もリスク管理も行わずに、「十分な対策をした」で済ませるのなら、次の事故の後にも同じ言葉が繰り返されるだろう。300年の伝統を次の300年につなぐために必要なのは、危険から目をそらさない勇気である。
