このような「反中勢力による陰謀」という議論は内政に混乱が生じた際に保守派によって持ち出されてきた。1989年の天安門事件前後に民主化の波を警戒して欧米による「和平演変」に警戒せよというような議論と相通じている。共産党一党支配体制転覆を目論む輩が外部勢力と結託することを警戒せよというわけだ。まさに80年代後期に起きた東欧諸国の民主化の動きやソ連崩壊が中国当局にとって何としてでも避けなければならない事態であり、習政権になってからもソ連崩壊からの教訓を学ぶことが党内に広く呼び掛けられ、軍の将校育成大学である国防大学では欧米への警戒を呼びかけるドキュメンタリー「較量無声」が製作された。
軍事力=国防軍という単純な構造ではない
王助教授は続けて「国の基本的利益を侵害するような事件はいかなる主権国家も認めていない」と主張する。法的に強制力を行使し、介入することこそ合法的というわけだ。武力介入は憲法によって保障され、合法的に執行できる。武力行使は近代的国家が行っている通常手段でさえあるという。
王助教授によれば、多くの国が準軍事力としての警察部隊を保有し、警備を担当し、社会治安維持任務を負っているという。憲兵は憲法等の法的権利が付与されており、騒乱が起きた際には緊急的に対応し、一線での鎮圧任務に就いて警察力の不足を埋める役割を担う合法的存在である。EUでは多国籍の憲兵部隊が組織されていて国境保安任務を担っていて多くの不安定な地域において当地の治安維持回復に重要な役割を果たしているという。
中国の「憲法」、「国防法」(1997年施行)、「人民武装警察法」(2009年施行)の規定に基づけば、人民武装警察部隊は国家の安全と安定を担う武力であり、騒乱鎮圧に参加し、騒動やテロなど社会治安を脅かす事件に職責を担っている。王助教授が指摘する中国の軍事力、すなわち中国的に言えば「武装力量」を構成しているのが、解放軍と武警、そして民兵を加えた3つの組織である。つまり日本で通常考えられるような軍事力=国防軍という単純な構造ではない。対外的な国家の安全保障を担うのが解放軍であり、武警は対国内治安を担当する。国内の群集騒擾事件に対しては通常、武警が鎮圧のために動員されており、王助教授は中国国内への暴動鎮圧と同じ形で香港に武警出動ができると言っているわけだ。