欧州連合(EU)は押し寄せる難民の受け入れをめぐって、積極派のドイツと、反対するハンガリーなど東欧諸国が「難民開放政策は新たな難民の襲来を招く」と反発、対立が激化している。このドイツの開放政策の背景には、人道的な見地からだけではなく、したたかな政治的計算も透けて見える。
人口動態がカギ
「メルケル!メルケル!」「ドイツ!ドイツ!」。ハンガリー・ブタペストの東駅に足止めされ、やっとドイツに向かうことが許されたシリア難民らから今月初め、期せずして大合唱が起こった。排除しようとしたハンガリーとは違って自分たちを受け入れるドイツやメルケル首相に対し、自然発生的に感謝の気持ちが声になって噴出したものだった。
今問題になっているシリア難民は皆、ドイツを目指す。ドイツは経済的に豊かな上、今年80万人の難民を受け入れる見通しであるほか、「この数年は年間50万人を受け入れる」(副首相)として難民に寛容な姿勢を示しているからだ。政府は難民対策として、今年67億ドルを支出、警官3000人を新規雇用し、仮設住宅15万戸も建設する計画。難民らが、語学学校費用や交通費まで面倒をみるドイツで暮らしたいと思うのは当然だ。
メルケル首相は「人道的責任を果たす」と主張し続け、難民排斥の動きに対しても「人の尊厳を軽んじる者は容赦しない」と厳しい方針を示している。こうした姿勢が首相を称える難民の大合唱につながったわけだが、国民も60%以上が「受け入れに賛同」(最近の世論調査)して政府の方針を支持している。今の移民受け入れ方針を変えなければ、2060年には移民の占める割合は人口の9%となる。
労働力不足、国力不足に陥る実態
ドイツはしかし、単に道義的な理由だけで難民を受け入れているわけではない。無論基本的には、ナチス時代に「アーリア人の優越主義」という人種差別政策によりユダヤ人を虐殺した反省と贖罪が背景にあるのは事実だ。またドイツがこれまでユーゴスラビア紛争などでも難民を受け入れてきた歴史もある。
だが、ドイツがこれほど難民に寛容になれるのは、人口動態と密接に絡んでいる。現在のドイツの人口は約8200万人。これが2060年には6800万人から7300万人程度にまで減少し、少子高齢化が一気に進むと予想されている。つまり労働力不足、国力不足に陥る実態がすぐそこに迫っている状況なのだ。
社会保障制度についても、日本と同様、現役世代が高齢者を支える仕組みは基本的に変わらないが、現在の3人で1人を支える状況が2060年までには2人弱から1人で1人を支えるという状態になってしまう。迫り来るこうした危機に対応するため、難民を「仲間」として活用しようというのがドイツの構想だ。シリア人難民が「若くて、教育程度とモチベーションが高い」(独企業関係者)こともこの構想を支える要因だ。