2024年4月16日(火)

対談

2015年10月26日

議論のプラットフォームをつくる


――長く反原発運動を先導してきた市民科学者の高木仁三郎さんには、不毛な分断を越えるしたたかさもあったように思うのですが。

毛利 そう、まさに高木さんのような仕事が必要ですよね。高木さんが作った原子力資料情報室(CNIC)は、特に事故直後はすごく良い仕事をしていましたよね。でも端的に人も少ないし、支援も小さい。ああいうところにもっと市民からの支援が集まったり、場合によっては行政からの予算が下りる仕組みがあって、何かが起こった際には公共的な議論のプラットフォームになれればいいと思うんだけど、そこは国の意識も国民の意識も育っていない部分だと思いますね。

五十嵐 僕は今、いわき市の人たちと「うみラボ」という活動をやっています。福島第一原発の沖、もっとも近いところだと1.5kmまで船を出してもらって、そこで採取した海水や海底土、釣り上げた魚を地元の水族館のアクアマリンふくしまの協力を得て計測して、ネットで情報を公開しています。ご存知の通り、第一原発周辺20km圏内には今でも立ち入りが制限されている区域もあるのに、1.5kmまで近づくなんてと思われるかも知れませんが、海上は海底土からの放射線が海水で減衰されるのと、原発そのものからの放射線もその距離の間に減衰するので、陸地よりも空間線量は低く、完全に事故前と同じ水準の0.05μSv/hぐらいなんです。理屈としてそうなることはわかっていましたが、実際に海上から1.5km先の原発を見ると想像よりはるかに近く見えて、それなのにガイガーカウンターが出す値はとても小さい。

 頭でわかっていてもやはり不思議な体験で、百聞は一見にしかずということを改めて感じます。百聞は一見にしかずと言えば、船に乗って福島第一原発沖まで行くと、陸側には切り立った崖にずっと続いているのは非常に印象的でした。崖からは小さな滝が何本も何本も海に流れ落ちているのが見える。もともとたくさんの伏流水、地下水がそうやって海に流れている場所だったわけですが、伏流水は原発サイトに流れ込んだ瞬間に「汚染水」に変わる。これを見れば、地下水バイパスはやはり仕方ないことなんだなと理解できたりもします。

 それでも1.5kmまで素人同然の僕らが行くなんて、すごく批判を受けるのではないかと思っていました。とくに脱原発派の人からは痛烈な批判があるのではないかと覚悟していたふしもあったんですが、実際にはどちら側からもかなり好意的な反応で、驚きました。とはいえツイッターやSNSのレベルでの話なので、運動の現場でどうだったのかまではわかりませんが。

 この経験で思ったのは、情報の発信主体が誰なのかということこそが、すごく大事なポイントなんだなということです。うみラボの場合は市民、ただの素人で、エネルギー政策にどういった意見を持っているかは船に乗る条件ではまったくありません。ただ地元の海が気になるから、とにかく船に乗って自分の目で調べていきたい、というだけの集まりです。共同発起人の一人はもともと釣りバカで、とにかく自分の生活の一部だった海がどうなっているのか知りたいという強い気持ちを持っている人です。

 ただ、こうしたどこにも紐付けされていない素人からの発信であるがゆえに、やはり原発周辺の海での測定を継続してきた東電の情報発信では届かない人に届いているという実感はあります。海水や海底土、魚の調査結果を公表している主体は、他には東電や県や省庁などの「公」しかないなかで、うみラボの場違い感が少しは役に立っているんだと思うんです。僕らはただ楽しみながら採って測るだけだけど、こいつらのやっていることは信頼できるんじゃないかと思ってくれる人が増えてくると、この活動を起点にひとつのプラットフォームができる。こういうプラットフォームがどんどん増えていって、ネットでもリアルでも定常的に議論ができる場になればいいと思うんです。小さな解釈共同体が散らばって、連係し合うようなイメージですね。それは放射線の問題だけではなく、いろいろなイシューについてそうなってほしいんですけどね。

毛利 あとは外国から研究者を招くような仕組みも欲しいですね。

五十嵐 それはそうですね。

毛利 海外に限らず、利害関係のない人って研究者でもそれなりにいるわけだから、そういう人たちがすぐに市民にセカンドオピニオンに参画できるように、準備しておかないといけなかったんですね。それは我々にとっても大きな反省点です。

五十嵐 利害と関係ない、しかし何らかの当事者意識の強い市民から発信する、その層を厚くするというのが今必要だと思っていることではありますね。
 

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