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2015年12月8日

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知的障がい者が楽しめるサッカーを

 吉澤氏の設立したトラッソスのメインの活動は年齢を問わず参加できるスクールだ。参加者たちの苦手意識を取り払って『ボールを追いかける楽しさ』を感じることができるよう心がけた、みんなが一緒になって笑顔で楽しむサッカー教室である。そして、FCトラッソスというクラブチームでは、グループとしての仲間意識や選手同士のきずな、協力することで得られる達成感や連帯感を大切にし、勝敗にこだわらずに笑顔で楽しむサッカーを行っている。

ルールの理解が困難な知的障がい児・者がチームスポーツをできるようなやり方で進めていることがトラッソスのユニークさ。スクールや夏合宿などは、保護者にとっても子どもから手が離れ、自分のための時間となる。「面倒見てもらってすいません」と言う保護者に、吉澤氏は「好きだから一緒にいるんですよ」と笑顔で答えるという(写真:トラッソス提供)

 臨床心理士で乳幼児期の発達を専門とする森本奈穂氏は「知的障がいや発達障がいを持った方たちが、ルールを理解したり、他者に合わせて活動することは困難を伴う場合が多くあります。スポーツをする場合も、陸上などの個人競技のほうが、成果が分かりやすく、打ち込みやすいのですが、トラッソスのユニークさは、集団で行うサッカーでやっていることですね。チームで行う活動の中で、仲間として受け入れられる体験を通して自己肯定感が生まれます。また、他のメンバーとの交流から他者とのコミュニケーションスキルが上がったり、相手を思いやる力がつきます」と話す。

 吉澤氏は言う。「彼らはルールを覚えたり、理解するのは、とっても苦手です。ただ、理解しやすい内容にし、自然とルールに則っているような配慮をしていけば、問題なく楽しめます。ルールを守ることも大切ですが、『ルールから教えてしまうと誰も楽しくなくなるのではないか』とトラッソスでは考えています。彼らに対しては楽しむ心を芽生えさせ、楽しみながら時間をかけてルールを理解してもらう必要があるんです。トラッソスには卒業がないので理解できるようになるまで何年でもかけることができます。重度の子どもたちは、それこそ人の何倍も時間がかかりますが、何となくルールも理解できるようになってきています。チームで行うことで、他者を気にし、気遣えるようになります。個人でやっているスポーツでは、主に支援者が気遣うことになり、子どもの心の成長にはなかなかつなげることができないのではないかと思っています」

“「なくてもいいもの」は
「なくてはならないもの」だと思う”

トラッソスの考えが詰まったポスター。NPO法人であるトラッソスの運営は、多くの賛同者からの支援で成り立っている(写真:トラッソス提供)

 トラッソスの本質を理解するには、まず彼らのポスターを見て欲しい。『「なくてもいいもの」は「なくてはならないもの」だと思う。』という禅問答のようなコピーがまず目に入り、その下にはこう書いてある。『自宅と学校。自宅と職場。もしそれだけの毎日ならどうだろう。仕事が終わったら飲みに行こう。そんな当たり前の楽しみや場所が、知的障がい児・者にもあるべきだと考えます。トラッソスはサッカーを通じ、彼らにとっての、親御さんにとっての「もう一つの場所」になりたいと考えています。』

 なくてもいいものがあるほど豊かな社会になるのではないか。余裕や余暇から生まれるものが人生を彩るのではないか。しかし、生産性や効率化が求められる社会では、社会的弱者の声は見逃されがちだ。「社会全体が優しくない」と語るのは、日本女子大学人間社会学部社会福祉学科の渡部律子教授だ。「二極化する社会では、高齢者や障がい者など社会的弱者に対して厳しい目を向けている。一億総活躍社会という新たな考え方で、『健康じゃないと』、『働かないと』と政府がプレッシャーをかけているように思います。アメリカは成果主義の国ですが、キリスト教の影響などもあり、そのような弊害を集団で解決しようとしているのが日本との違いに見えます」

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