ここで言わずもがなの注を書きます。
「50ドル」とは、原油1バレル当たりのドル建て価格。
「プロンプトカーゴ」とは、原油の最終引き取り手であるアジアの石油会社が、再来月、タンカーで積み取ろうとする原油の現物取引を意味する。
アジアの会社は、「ドバイ原油の価格に対してプレミアム50セント」という値付けで買った。これが50ドル相当であった。この会社は、実は、アラブ首長国連邦で生産しているドバイ原油を買ったのではなく、ドバイ原油の相場を価格指標に使っている中東の他の国の中質原油を買った。引渡し方法は、再来月、アラビア湾のどこかの産油国の積出港渡し(FOBと呼ぶ)。アジアの会社は、自分でタンカーを配船して中東に原油を積みにいく。
一つのカーゴ量は50万バレル。2500万ドル、30億円の商売が2人のトレイダーの間で約定した。こういうトレイディングは、企業組織の信用力を背負うトレイダーたちの仕事である。責任は重い。価格が1%動けば、3000万円。ファミリーマンションが買えてしまう。だから、大どころでは、トレイダーたちはトレイディングルームの中でしか仕事はできず、会話やメールが全て記録される。
売り手と買い手が、価格を探しあう
ここで2人のトレーダーに登場してもらおう。
ーーフィリップは、何カ月も前から1カーゴ分を先買いしていた。売り抜けるタイミングを探していた……。
アメリカの景気は持ち直している。シェールオイル生産者は、50ドル割れの相場に悲鳴を上げて生産井を休止し始めた、と聞いた。だから、相場は反転するはずだったが、ここ数週間、停滞している。このシナリオのどこが狂ったのだろう……。
席を立ち、休憩スペースのソファに座った。エスプレッソの苦味を楽しみながら、静かに考えている。
ーーマークは、何カ月も前から、再来月は1カーゴ分の原油が足りていなくて、スポット買いすべきことを知っていた。買い出動のタイミングを探していた……。
中国は、国内景気低迷中。石油需要が落ち、中国の石油会社は原油を買い控えている。今月になっても中国勢の引き合いは弱いままで、相場は軟調で進むはずだった。が、期待したレベルにまで下がらない。再来月にタンカーを廻す原油を手当するには時間切れだ。俺は、ここで買わねばならなかったんだ! と、こちらはパァっと飲みに行きました。
売り手と買い手が、価格を探しあって50ドルを発見した。それを石油専門誌のアナリストが嗅ぎつけ、世界に向かって報道した。もちろん、マークかフィリップか、が漏らしたのだ。二人とも、50ドルの成約ニュースが、1日遅れでマーケットに流れるのが適切だ、と了解した。
「世界中のトレイダー仲間がこのディールに注目してる、伝わらねばならん」
こうしてしばらくの間、50ドルが国際相場になるのです。