2024年4月19日(金)

この熱き人々

2016年3月18日

 「鳶って怖そうで乱暴というイメージがあるみたいですが、現場ではどうしても言葉が荒くなっちゃう。危ないですよ、なんて丁寧に言ってちゃ間に合わない。ちょっとバランスを崩して手や足を挟んだら、即骨折ですから。『大変だ!』『大丈夫か?』なんて世界じゃないんです。我慢するなら一日我慢して仕事をする。無理だと思うならとっとと帰れ。そんな感じですね」

 多湖も鉄骨で足を挟み、骨折を経験している。雨の日で長靴を履いていたが、足が腫れて長靴が脱げない。はさみで長靴を切ったら、明らかに骨折。仕事どころか歩くこともままならないのでそのまま帰ったそうだ。

 「現場とはそういうものなんです。怒号が飛び交うのもそれだけ常にめいっぱい緊張してるから。それに、鉄骨を組んでいる時は時間との戦いも加わります」

 完成期日が決まっているから、遅れは許されない。掘削、杭打ちで遅れたら、それは躯体工事の鳶が挽回するしかない。毎日の鉄骨の搬入数が決まっているので、何としてもその日のうちにすべてをさばかなければならない。仕事が残れば翌日が限界を超える。雨の日も雪の日も風の日も、休むことはないのだという。

 「クレーンが止まっている時間を極力なくす。そのために集中力の限界を超えなければならない時もあります。ちょっとしたミスが取り返しのつかないことにつながり、それが工期の遅れになってしまう。自分の身を危険から守るだけでなく、自分が物を落とすことも怖い。小さなボルトひとつでも、100メートル200メートルの高さから落としたら、大事故につながりかねませんから」

初めて見た超高層建築現場

 避けなければならない危険は、さまざまな方向から押し寄せてくる。常に自分の命と他者の命を賭けた緊張感と集中力は、想像しただけで歯が浮き心拍数が上がる。

 「確かに危機察知能力が上がりますよね。僕はバンドをやってたことがあって、ギターやドラムや複数の楽器の音をバラバラに聴き取れるのが役立っているかも。現場を見た時、全体的に危険と感じるのではなく、ここが問題、ここが危ないと個々に自分の中で具体的に感知しておくことが大事なんです。いざという時に個々の情報が潜在意識の中にあると、とっさに正しい判断ができる」

 ある時、10トンの鉄骨が風に振られて空中で作業中の多湖に近づいてきた。こんな時、人は無意識に手で止めようとしてしまうのだという。しかし、10トンは手では無理。体が潰されてしまう。多湖は、安全ベルトに命を託して反対側に飛び降りた。把握していた状況からそれしか逃げ場がないと判断したから。次の瞬間に、今まで自分が乗っていた鉄骨とあおられた鉄骨がぶつかるすさまじい音を、宙吊りのまま聞いたという。


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