2024年11月21日(木)

安保激変

2016年7月5日

 また、中国が九段線に基づいて南シナ海上空における航空優勢を確立するためには、西沙諸島と南沙諸島に加え、スカボロー礁を埋め立てなければならない。西沙諸島、南沙諸島、そしてスカボロー礁の3カ所に空軍基地を持つことで、九段線内全域の上空監視が可能となり、戦闘機による事実上の防空識別圏の運用も可能となるのである。西沙諸島は3000メートルの滑走路を備え、レーダー施設、対空ミサイル、戦闘機の配備によって事実上の空軍基地となっている。南沙諸島の人工島でも、3000メートルの滑走路が完成し、レーダーの配備も確認され、戦闘機が配備されるのも時間の問題であろう。スカボロー礁が空軍基地となれば、現在は九段線内の盲点となっている北東部をカバーすることができるようになる。

 中国は海南島に新型の晋級戦略ミサイル原子力潜水艦を配備しており、長距離ミサイルJL-2が搭載されるのも時間の問題と考えられている。中国は九段線内をこの戦略ミサイル原潜のための「聖域」とする必要があり、スカボロー礁を埋め立てるのは対米核抑止を強化するという戦略的観点からも急務である。南シナ海問題の中核は、中国が陸上配備の移動式大陸間弾道ミサイルの開発に加え、海中配備の核抑止力の保持を目指している点にある。中国が対米核報復(第二撃)能力を向上させるためには、米海軍が常時行っている中国沿岸部での情報収集・偵察・監視活動を阻止しなくてはならない。このため、南シナ海とその上空における優勢を確立するために人工島を建設しているのである。

(出所)各種資料を基にウェッジ作成 拡大画像表示

 スカボロー礁の埋め立ては、すぐに米中間の軍事バランスや戦略核バランスを劇的に中国に有利なものにすることはない。有事になれば、米軍は南シナ海の人工島を容易に破壊または奪取できる。また、中国の戦略ミサイル原潜が米本土を攻撃するためには、南シナ海から太平洋の真ん中まで捕捉されずに出ていかなくてはならないし、指揮命令システムも十分に構築されていない。ただ、少なくとも平時において、中国は米軍の監視活動の妨害をしやすくなる。平時の監視活動、特に潜水艦の位置の捕捉は、有事の際に極めて重要である。

 米戦略国際問題研究所(CSIS)のクーパー研究員とポリング研究員は、中国がスカボロー礁の埋め立てを強行する場合は、フィリピンが行う「隔離」、つまり海上封鎖を支援するべきであると主張している。「隔離」は、1962年のキューバ危機で、ソ連船がミサイル部品をキューバに海上輸送するのを阻止するために、米海軍がカリブ海で実施した。キューバ危機で米ソは核戦争の一歩手前までいったが、米海軍が「隔離」を実施する中、米ソは威嚇と誤解、対話と譲歩、そして幸運によって危機を回避した。中国がスカボロー礁の埋め立てに着手するなら、フィリピン海軍と沿岸警備隊が中国作業船の領海内への進入を阻止し、米国を中心とする有志連合の政府公船および軍艦が領海外で支援し、埋め立てをあきらめさせるのである。

 もちろん、岩礁の埋め立ての阻止のために、中国との軍事衝突を引き起こしかねない海上封鎖など論外というのが一般的な見方であろう。世界を消滅させる可能性があったキューバ危機はわずか13日間であったが、中国が「中国のカリブ海」で行っていることはより長期的な問題で、切迫感はないかもしれない。


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