好きなことが師
軍艦島の鉄柱を連想するネジシリーズの置物。水の入る口がついていてユーモラス
おとといはエレキギターの、5日後はクラシックギターのコンサートという佐藤さんが、なぜ東京藝大の音楽学部でなく、当時倍率44倍の美術学部に現役合格したのか不思議になってくる。
「1番好きなのは音楽、1番得意なのが絵でした」
気がついた時には、紙とクレヨンを握り、小学1年生から絵の教室に通ったという。母上は高校の音楽教師というから、芸術的環境は申し分ない。さらに湘南高校でも藝大でも、ゆたかな人間関係に恵まれた。大学からの帰り道、二升酒を飲んで名古屋まで電車を乗り越したという武勇伝も、周りにほがらかな師友の輪があったからこそ。
陶芸専攻に進んだ当初、ろくろで茶盌(ちゃわん)ばかり挽(ひ)いていた。師の藤本能道(ふじもとよしみち)(人間国宝)にわけを訊(き)かれた。
「陶芸の技術を早く習得したいのです」
「ばっかやろう。好きなことやってれば技術はいくらでもついてくるんだ」
楽茶盌(らくちゃわん)は作者の品位がモロに出る。衒(てら)いのない造形に、古代の風の音がひそんで閑か
ガーンときた。佐藤さんを変えたひとことといっていい。人間と切り離された技術はアートではない。よろこびと一体となった技術がアートなのだ。「つきつめるものは技法ではない。自分のなかの感性をつきつめたい」。師の作風ではなく師の求めたものを求めて、個展のたびに作風を一新してきた。そんな陶芸家はまずいない。イバラの道と思いきや、
「好きなことやってるから辛くないです。夢は必ず実現するから」
「叶わない夢だってありますよ」
「それは、夢を見足りないんだ」
こんどはわたしが、ガーン。