ネット炎上のかけらを拾いに

2016年7月20日

»著者プロフィール

憎まれっ子世に憚ればいい

 今回の炎上に関するツイートを見てみよう。

「車に乗っている時に、窓の外に牛丼屋の前でボロボロになっている服を着て、1人で立ち止まってる男性が見えた。財布の中身をチェックしてから諦めたようにカートを転がして行ってしまった。その時、お金を握りしめて車から降りようと思った。でもできなかった。やらなかった。→続」

「バカにされてるって思われたらどうしよう。もし私のこと知ってたらどうしよう。そんなダサい感情が邪魔をしてできなかった。車を降りることが正解じゃないかもしれない。でも、今度は降りてみようと思う。勇気を出して、ここの牛丼屋いいですよね、よかったらと声をかけてみよう」

 要は、お金がなく困っているように見える男性を見かけたのに、何も行動できなかった自分が歯がゆかった、という内容だ。「バカにされてるって思われたらどうしよう」「車を降りることが正解じゃないかもしれない」という言葉からもわかる通り、彼女も自分の行動が男性にとって好ましくないかもしれない可能性は充分に承知している。それでも何もしないよりは行動して、その上で拒絶されるなり、受け入れられるなりといった反応をもらうことが重要だと感じたのだろう。

 若者らしい素直な感性だと思う。人によっては「年齢にしては幼い」「社長業をしている人にしては軽率」とジャッジするのかもしれないが、椎木さんは、そういったジャッジを下す人もいることをこれまでの経験から知っているはずだ。

 ツイートの中でも「もし私のこと知ってたらどうしよう」というような一言がさらに人々の嫉妬心を煽るわけだが、彼女にしてみればそのあとの「ダサい感情」という一言で、前言を打ち消している。一部だけを切り出して揶揄される可能性を考慮して発言を控えるよりも、自分の言いたい発言をそのまましている。

 一般人であってもネット上で私刑にあう昨今。誰でも人からの反応を気にしている。だが、人からの反応を気にして発言を控えたり、回りくどい言い方をしたりすることで、人は自分の表現を失っていく。お行儀よく、右にならえで小さくまとまっていく。

 椎木さん自身、Amazonのレビューを気にしてイラついたコメントをしたこともあったが、人から叩かれることを気にし過ぎず、言いたいことを言い続けてほしいと思う。出る杭は打たれる国だが、憎まれっ子世に憚ればいい。

関連記事

新着記事

»もっと見る