これは、キャリアの付加価値がなくなる「通信の土管化」を意味している。1つの地域では1つのキャリアのサービスしか必要でなくなる。アップルはキャリアに対して、土管を提供することを呑むか否かの選択をせまることになるが、データ通信の帯域の卸売価格を含めて、世界中のキャリアとの交渉は難しいだろう。もしかすると、それがモバイル通信機能の搭載の延期の本当の理由なのかもしれない。
通信チップの低消費電力化
Apple Watchにモバイル通信機能を搭載するには、ベースバンドプロセッサー(モデム)と、その他のモバイル通信関連の部品の追加実装が必要になる。このベースバンドプロセッサーの消費電力が問題になっているようだ。ブルームバーグによると、アップルは低消費電力化の研究を進めているという。
サムスンのGalaxyなど、多くのアンドロイド・スマートフォンに採用されているクアルコムのプロセッサーSnapdragonは、アプリケーションプロセッサーとベースバンドプロセッサー、その他のモバイル通信関連の部品などが1つのチップ(SoC)に集積されている。Galaxy Gear S2には、ウェアラブル向けのSnapdragon 400が採用されている。
アップルはiPhoneのアプリケーションプロセッサー(Aシリーズ)を自社で設計しているが、ベースバンドプロセッサーはこれまでクアルコムの既製品を使用してきた。アップルの強みであるアプリケーションプロセッサーを、モバイル通信技術の変化に追従しなければならないベースバンドプロセッサーと一体化してSoCにすることを避けてきたと考えられる。
Apple WatchにはS1と呼ばれるプロセッサーが使われている。システム・イン・パッケージ(SiP)と呼ばれる実装のこのプロセッサーは、自社で設計したアプリケーションプロセッサーを中心に、Wi-Fi、Bluetooth、NFC、ワイヤレスチャージャー、メモリーなどの部品がまとめられて樹脂で密封されている。モバイル通信機能の搭載を延期しても、製品を計画通りの日程で発売できるところを見ると、新しいApple WatchのプロセッサーもSoC化せずに、S1の実装(SiP)を踏襲しているのだろう。
新しいiPhoneでは、クアルコムだけでなくインテルのベースバンドプロセッサーも併用されるようだ。インテルのベースバンドプロセッサーは、2010年にインテルが独インフィニオンテクノロジーズから買収したベースバンドプロセッサー部門の技術が元になっている。アップルは過去にもiPhoneに、インフィニオンテクノロジーズのベースバンドプロセッサーを使用していたことがある。
このような背景から、Apple Watchで使用する計画だったベースバンドプロセッサーもインテル製の可能性がある。アップルは2006年からMacのCPUにインテルのx86プロセッサーを採用しており、またインテルはAシリーズの製造の受注にも積極的だとの噂もある。アップルは、これまでクアルコムに任せていたベースバンドプロセッサーを、Apple Watch用にインテルと共同で開発しようとしているのかもしれない。