今年に入ってアップルは、個人の健康情報を管理・共有する技術やサービスを手がける米国のベンチャー企業を買収している。精度を向上させたセンサーによって検知した身体の状態を、リアルタイムでインターネットに送ることができるようになれば、そのデータを活用した新しい健康管理・支援のサービスを提供することができるだろう。8月には機械学習と人工知能(AI)に取り組むベンチャー企業も買収している。それらの技術によってユーザーの行動パターンを理解し、腕に巻かれたデバイスならではの新しいユーザーインタフェースで、乗り換え案内や道案内をするサービスなども考えられる。
アップルがMVNOになる
モバイル通信にはSIMが必要だが、Apple Watchには小型化や防水性や耐久性のために、iPhoneのようなSIMカード用のスロット(差し込み口)を省いてSIM機能を組み込むだろう。SIMカードには1つのキャリア(モバイル通信事業者)のサービスを利用するための、電話番号や識別番号などの通信プロファイルが書き込まれている。スロットを省くために、仕向地ごとに複数のキャリアからSIMカードを仕入れて、直に製品に組み込んでいたのでは生産の効率が悪い。
この通信プロファイルを後から書き換えることができる、エンベデッドSIM(eSIM)と呼ばれる技術がキャリアの業界団体(GSMA)で検討されてきた。eSIMはソフトウエアとしての実装が可能で、モバイル通信によって、遠隔から通信プロファイルを書き込んでキャリアを変更することができる。昨年、アップルとサムスンが、eSIMを製品化するためにGSMAに参加する話し合いを進めていると報じられた。その後の動向は把握できていないが、Apple WatchにeSIMが搭載されることは十分に考えられる。
米国で販売されているサムスンのスマートウォッチGalaxy Gear S2には、すでにeSIMが搭載されている。その4Gに対応したモデルは、AT&T、Verizon、Sprint、T-Mobileのいずれかのキャリアから購入できる。
例えば、AT&Tで購入したGalaxy Gear S2は、AT&Tが提供するNumberSyncというサービスを使って、AT&Tと契約しているスマートフォンの電話番号を一時的に引き継ぐことができる。それによってスマートフォンを携帯しなくても、Galaxy Gear S2で電話をかけたり着信を受け取ったり、インターネットに接続してテキストメッセージを送受信したりすることができる。Galaxy Gear S2の通信のための追加の料金は必要ない。T-Mobileで購入する場合は、スマートフォンの契約があれば、月額5ドルでGalaxy Gear S2のモバイル通信(別の電話番号)を利用できる。
すでにアップルは、Apple SIM(カード)が付属したiPadを発売している。ユーザーは購入後に、iPadのメニューからモバイル通信のキャリアとデータプランを選ぶことができる。しかし、スマートフォンやタブレットに比べて、Apple Watchが通信するデータ量は非常に小さくなる。Apple SIMのような料金体系を適用するのは妥当ではない。Galaxy Gear S2のように、契約したキャリアによって使い勝手が異なってしまうようなこともアップルは嫌うだろう。
アップルは、キャリアとの通信契約を不要にして、ユーザーに「通信」を意識させないようにすることを考えているのではないだろうか。キャリアからデータ通信の帯域を買い、アップルがMVNO(仮想移動通信事業者)として通信サービスを提供する。ユーザーのロケーションによって、Apple Watchに組み込まれたeSIMの通信プロファイルを書き換えて、その地域で利用可能なキャリアのネットワークに接続する。ユーザーはアップルに通信料金を払うのではなく、Apple Watchのアプリケーションやサービスが提供する価値に対価を支払うというビジネスモデルになる。