したたか者の流儀

2016年11月8日

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 ヨーロッパにも、同世代で跳んだ青年がいる。少し横道に入るが、「サントワマミー」「雪が降る」で有名なアダモの原音がはじめて日本に届いたとき、売れると思ったらしい。ただし女性歌手だと信じて疑わず、準備に入ったそうだ。歌詞も女性の心を歌ったといえる内容だったので、なおさらだろう。本人を見たときの実直ぶりに生涯のファンになった人も多い。来日回数で言えばベンチャーズと共にチャンピオンの一人であろう。ベンチャーズは寡聞にしてよくわからないが、アダモは故郷のベルギーやフランスでもいつまでも人気が落ちない。たとえば、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」はその身ぶり手振りで感情の移入がつたわるが、アダモはほぼ東海林太郎スタイルだ。

 そんなアダモを敬愛していたもう一人のベルギー人歌手がジャック・ブレルだ。こちらは、逆に舞台に登場するときから鳥が飛ぶようにマイクを目指す。歌が始まっても手足の動きは止まらない。汗だくで歌うのだ。フランス語が途中からオランダ語になる。ベルギーの訛りや方言もちりばめられる歌詞やメロディーは、逆に国境たやすく超えて世界中を魅了した。50歳にもならずに死んでしまったこの表現者は日本でどれほど有名かわからないが、一度知ったら離れることは出来ない。

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 死後25年の2003年には、集大成のCDが欧州で発売された。ブレルも唐牛同様に、奉仕の人であり、青年グループでカトリック協会の慰問団で歌い、ドラマをしていた。成功した手工業主の家庭に生まれて、その後継者であることは誰も疑っていなかった時期もあった。パリでの大成功のさなか、南太平洋に家族も半ば捨ててしまい、出奔してしまう。一時何曲かの歌を下げてパリに戻るが、多くは発表禁止としてしまった。その歌は永遠の封印だそうだ。

 国会前で空を跳んだだけではなく、人生も跳んでいた青年が唐牛健太郎、そして舞台のみならず、操縦免許を取って自らエア・タクシーの操縦士となって空をとんだブレル。そんな見る前に跳ぶ男が少なくなった。ジャック・ブレルのお墓はエア・タクシーの操縦士をやっていた南太平洋島で、画家のポールゴーギャンのお墓のすぐ近くだそうだ。

 “Look before you leap”

 “Look before you leap”(跳ぶ前に見ろ=転ばぬ先の杖という事)という言葉の反対が、同世代でノーベル文学賞作家の大江健三郎が青年時代を書いた秀作小説「見るまえに跳べ」だ。それを自ら体現したのが唐牛健太郎とジャック・ブレルということだろう。機動隊に空から降りかかった唐牛、舞台で跳んだりはねたりしたあげく、最後に歌手としての名声を捨てて空飛ぶ仕事に就いてしまったブレル。そんな青年たちがいたこと、そしてこの長寿の時代に50歳にもならずにみまかった青年たちの名前を『唐牛伝』を機会に記憶にとどめるチャンスと思うがいかがだろうか。ジャック・ブレルの跳ぶ姿はユーチューブで見ることが出来る。唐牛は写真だけだ。

  
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