――そして誰もが知るNASAでも研究することになるわけですが、個性的な人はいましたか?
伊藤:一見するとごく普通の優しいおじいさんなんですが、実は航空管制科学のパイオニアであるハインツ・エルツバーガー博士ですね。 彼は、航空管制科学の幕開けとなったTMAという到着管理システムの原型を開発した人なんです。TMAは、航空管制官の知的業務を一部自動化し、いつどの航空機が滑走路に到着すべきかという情報を管制官に提供します。
ただ、彼がTMAのアイディアを思いついた当時は、航空管制は研究分野として確立されておらず、友人のシステムエンジニアと2人で研究開発を進めたそうです。その後、エアラインが興味を示したのですが、アメリカ連邦航空局(FAA)はあまり協力的ではなかった。エアラインと一緒に、導入すれば航空管制は変わると主張したそうなのですが、FAAの予算がなかなかつかない。社会にとって有益なシステムになると確信していたハインツ博士は、エアラインと議会に乗り込もうとしたんだそうです。すると、その前日にFAAが理解を示したのだとか。そして無事に予算が下りて、実用化されることになりました。彼は本当に科学者としての使命感を持った情熱的な人です。
その後、このシステムはダラスフォートワース空港での試験を経て、現場で20年間利用され、アメリカの次世代システムのベースにもなっています。アメリカの航空管制システムは、ハインツ博士の研究開発したシステムが土台になっているのです。
――ハインツ博士はスティーブ・ジョブズに通じるものがあると。
伊藤:ジョブズに会ったことはありませんが、彼は自分の情熱や夢に他人を巻き込み、そのカリスマ性で現実を歪曲させて見せてしまうと言われており、そのことを「現実歪曲フィールド」という言葉で表します。ハインツと仕事をすることで、その言語の意味を知ることになりました。
例えば、彼のセミナーでは、白板に書かれたアルゴリズムについて、メンバーが意見しながら、彼が合いの手を入れ展開していきます。そうしていくうちに彼もエキサイトし出し、みんなへ気持ちが伝播し彼にどんどん引き込まれていくんです。彼は、最高のエンターテイナーでもありました。お陰でセミナー参加者はどんどん伸びていきました。
――他にも個性的な科学者が登場しますが、日本と欧米の研究者の違いは?
伊藤:私は限られた分野の内情しか知りませんが、日本の研究者はスキルは高いのに内弁慶タイプが多いですね。年功序列も残っていたり、白い巨塔を地で行くような人もいたりで、驚くこともあります。
一方、欧米の研究者は外交的で、コミュニケーション能力にたけている印象です。
一番の違いは、日本では年長の研究者に対しあまり意見しないこと。でも、それは科学にとって良くないことなんです。科学の土俵の上では、みんながフラットで、意見を出来て、ブラッシュアップ出来ることが重要です。また、権威と言われる人がいても、その人を若手が乗り越えない限り世の中は発展しません。NASAのプロジェクトリーダーは「権威になるために俺たちを論破しろ」と言います。年功序列や従順ならば出世できる世界ではないのが、私には合っていたのかなと思います。