2024年11月22日(金)

特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年5月19日

記憶アスリートは、脳の使い方が違うんです

池谷:実は記憶力って、人によってあまり差がないこともわかっています。記憶の世界選手権があるんですよ。

出口:そんなのがあるんですか?

池谷:毎年行われていて、出場選手たちは「記憶アスリート」と呼ばれています。

出口:ほう、アスリート。

池谷:彼らはものすごい記憶力を発揮します。たとえばトランプのカードを切ったものを、52枚バーッと並べて、15秒眺めただけで全部書いていきます。

出口:52枚を?

池谷:そうです。セブンのハートとか書いていく。間違えないんです。「そんなわずかな時間で覚えられるの?」とびっくりします。

出口:でも、そろばんの暗算ができる人もいますもんねえ。

池谷:そうなんです。記憶アスリートたちの卓越した記憶力は、凡人には到底逆立ちしてもかなわないすごい才能です。彼らがどういう脳をしているのか、調べている研究者がたくさんいるんですよ。

出口:ああ、やっぱり。

池谷:でも、調べても調べても、脳の構造などに凡人と差がないんです。睡眠のパターンも差がないし、まったく普通です。それどころか記憶アスリートが一般生活で高い知的能力を持っているかというと、そうでもない。普通の人なんですよ。

出口:何が違うんですか?

池谷:最近わかってきたのは、記憶のコツがあるんです。たとえばよく知られているのは、地図記憶法です。

出口:はい、はい、はい。道を歩きながら、標識や看板をストーリーにして結びつけて、もう一度歩くところを思い出すと、記憶が芋づる式に出てくるというやり方ですね。

池谷:そうです。記憶アスリートは、その方法が上手い人のことです。だから脳の使い方が違うんですよ。脳の構造は一緒でも、使い方が違う。実際、記憶法が上手な人は、脳の揺らぎのパターンが違います。揺らぎを見れば「あ、この人は記憶アスリートだな」とわかるくらい違う。

 たとえば、ごく普通の人を集めて「地図記憶法で記憶しましょう」と教えます。最初はできませんが、毎日30分間、2か月トレーニングすると記憶力が格段に上がります。誰でも上がる。すると、記憶アスリートと同じような揺らぎのパターンになっているんです。

 だから、記憶力には生まれついての個人差がないということなのです。誰でも、やれば覚えられる。ただ、残念なポイントは、記憶力がいいからって、知能が高いわけじゃないことです。

出口:そうでしたね。

池谷:記憶力だけ上げても、人生はよくならない。奥深いテーマです。

出口:入試にだけは役立ちそうですね。

池谷:ハハハ、おっしゃる通りです。さらに面白いのは、世界選手権で過去8回優勝しているすごい達人がいるんですが、その人は小学生のころは、記憶力が悪くて、義務教育すら出られなくて、中退しました。30歳になったある日、テレビを見ていたら記憶の達人が出ていて、自分もこうなりたいと独学でトレーニングを始めたんです。そして8回の優勝を達成したのが44歳。

出口:すごいですね。

池谷:記憶力は若い子のほうがすごいと言うけれど、全然そんなことはない。どれだけトレーニングを上手に積めるか。鍛錬力、我慢力、社会性といったことも記憶力にかかってきます。

出口:なるほど。

池谷:円周率の記憶チャンピオンは日本人ですが、彼も50代でトレーニングを始めて、61歳で10万桁という世界記録を達成した。だから年を取ったら記憶力が衰えるというのは完全に幻想です。

出口:あぁ、古稀を過ぎた僕でも自信が出てきました。

池谷:使い方なんです。できる人は、思い出す訓練をしています。

出口:インプットではなくアウトプット。こういう今の科学の知見を、もっと学校教育とかにも使えたらいいですね。

 

⇒続きを読む

池谷裕二(いけがや ゆうじ)
1970年静岡県生まれ。脳研究者。東京大学薬学部教授。薬学博士。神経科学および薬理学を専門とし、海馬や大脳皮質の可塑性を研究。また、最新の脳科学の知見を出し惜しみせず、かつわかりやすく伝える著書は多くのファンを得ており、ベストセラー多数。著書に、『海馬』(糸井重里氏との共著)『進化しすぎた脳』『脳はなにかと言い訳する』『のうだま』『のうだま2』(ともに上大岡トメ氏との共著)『単純な脳、複雑な「私」』『脳には妙なクセがある』など。
出口 治明(でぐち はるあき)
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に
『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹(著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。


▼特別対談企画「出口さんの学び舎」
・木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命会長)
・森本あんり(神学者、アメリカ学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)


★ ★ ★ お知らせ ★ ★ ★
出口さんが悩み相談に答えてくれる期間限定のQ&Aサイトがオープンいたしました!
皆さんからのご質問をお待ちしております。

▼『おしえて出口さん!――出口が見えるお悩み相談』▼

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る