2024年7月14日(日)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年10月14日

 それにアメリカでは、ずっと居ないとプロモーションできないんです。事前に下準備して、本人がぱっと行って宣伝して帰ってくるってことは、それはアメリカ で知名度が確立したアーティストでないと無理。

 強烈な「身分差別」が音楽家にはありまして、日本のスーパースターといえども、アメリカでは前座からですよ。これ、誰もやりたがらない。

 あのBon Joviだって、売り出した頃は1年に150回もアメリカでツアーやったって。移動日入れると300日ですね。録音なんか何もできない。

 こんなことを、本人からマネジメント会社、レコード会社まで納得してやるなんて、日本で売れている人の場合、まず無理です。

 しかも今だと、日本で実績がある人でないと、あっちも関心持たない。日本人のアーティストをアメリカで育てて当てちゃえ、なんて、調子いいこと考えたこと もあるけど、ダメ。

 日本で1位です、2位です、最高のヒップホップ・アーティストです、みたいな話だと、「どれどれ」ってことにはなりますね。

ケネディ暗殺、ビートルズ人気の沸騰、そして坂本九

石坂 なにしろ排他的ですよ、アメリカは。

 例えばビートルズが当たったのね、あれは「奇跡だった」って「学説」がある。ジョン・F・ケネディ(1917-1963)が暗殺されて、アメリカが失意の底に沈んでた。そこにちょうど、ビートルズが、放心状態のアメリカに異彩を 放って出てきたっていう、そのタイミングを指摘するんですね。

 雑誌「ローリング・ストーン」に書いてありました。ケネディが11月に死ぬ。ビートルズがその翌月から急にかかり出した。偶然の一致なんですが、そこにな にか意味のつながりがあったとこじつけられなくはないかな。

 でもアメリカで当たったフランスの歌手って、ほとんど誰も覚えてないでしょ。

 フランス1のロック・シンガーだったジョニー・アリデイ(Johnny Hallyday)も当たらなかった。イヴ・モンタン(1921-1991)も。ジルベール・ベコー(1927-2001)は、60年前の「ラ・メール」 だけですよ、なんとか当たったのは。それも、競作になって、アメリカ人歌手の歌った曲の方が当たった。

 強いて言えば、ドイツのバンドでテクノのクラフトヴェルク(Kraftwerk)かな、「モデル」っていう1978年の曲で。

 だから日本の音楽や韓国の音楽がアメリカで当たったとしたらなんかの偶然か、奇跡か、ですね。

浜野 坂本九(1941-1985)さんみたいな…


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