2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年6月5日

 5月12日に行われたイラク議会の総選挙では、大方の予想を覆し、シーア派の指導者サドル師が率いる勢力が1位となった。イラクはシーア派(イスラム教の中では少数派)が多数を占めるが、他にスンニ派とクルド人という有力な勢力が存在し、複雑なパワーバランスにある。5月19日に同国選挙管理委員会が発表したところによれば、サドル師派:54議席、アミリ元運輸相派:47議席、アバディ首相派:42議席など、投票率は45%であった。定数は329であるから、いずれの勢力も過半数には遠く及ばない。アミリは、イランの支援を受けてISと戦ったPMF(人民動員隊)の指導者である。

(iStock.com/photoworldwide/3D_generator)

 投票率は低かったものの、イラクで比較的スムーズな選挙が行われたこと自体、評価に値する。ただ、選挙で不正があったとする主張があり、イラク政府は調査委員会を立ち上げることを決定したという。

 サドルは、2003年の米軍による侵攻とサダム・フセイン政権を受け、激しい宗派的な反米闘争を繰り広げた。同氏は配下のマフディー軍を率いて宗派闘争を激化させ、ニューズウィーク誌が「世界で最も危険な男」と呼ぶほどにまでなったことがある。しかし、2008年頃からはそうした活動を弱め、次第にイラクのナショナリストとして活動するようになり、反米だけでなく、イランの影響力排除をも訴えるようになった。昨年、イランと対立するサウジとアラブ首長国連邦を訪問し、両国の皇太子と会談している。また、アミリが指導者を務めるPMFを解体して国軍に統合する必要があると言っている。

 サドルは、今回の選挙では、宗派色を出さず、共産党を含む世俗派の6つのグループと連携し、テクノクラート政権による、汚職撲滅、治安、生活インフラの整備などを訴えた。ナショナリスト的主張に加え、こうした現実的な主張がイラク国民の心に響いたものと思われる。包含的な政権を必要とするイラクにとっては、同氏の脱宗派主義的姿勢は望ましいものである。イランと距離を置き、アラブ諸国との関係を強化するということのようなので、イラクを巡る関係勢力の均衡とってもプラスとなり得る。一方、米国などが期待をかけていたアバディも、前任のマリキ元首相(同氏派は今回の選挙では4位と惨敗)と異なり、対イラン傾斜やシーア派偏重ではなく、「イラク第一」である。サドル派とアバディ派が組むことができれば、イラクの安定に最も寄与し得る組み合わせであると思われる。ただ、サドル派とアバディ派だけでは過半数に達しない。連立交渉は難航するであろう。なお、サドル自身は立候補していないので首相になることはない。

 これに対し、イラクをスンニ派アラブに対抗する拠点と見ているイランは、イラクへの影響力を守り抜こうとして、アミリに肩入れするであろう。選挙後、イランは直ちに革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官をバクダッドに派遣した。アミリはマリキら親イラン勢力とともに政権を樹立しようとしている。仮に彼らが政権をとった場合、宗派主義が復活することになろう。PMFがレバノンのヒズボラのような強力なイランの代理勢力として権力の一翼を奪おうとする可能性がある。これは地域を大きく不安定化させる要因である。アミリとイランの動向を注視する必要がある。

 なお、米国のポンペオ国務長官は、5月21日に行った対イラン戦略についての講演で、「イランはイラクの主権を尊重すべきで、シーア派民兵組織の武装解除、解体、統合を認めなければばならない」と、厳しく注文を付けている。
 

  
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