Q アンドレの試合の後(1986年6月12日)に、前田選手が藤波辰爾(辰巳)選手と試合をしました。前田さんが藤波さんをコーナーに追い詰めて蹴りを入れると、藤波さんの頬から血が出ます。あれは、選手やレフェリーなどがカミソリを使って血を流す「ジュース」でははく、蹴りで本当に頬が切れた、いわゆる「生ジュース」ですね。私は、「YouTube」の試合を静止画にして何度も見ました。あのような蹴りに、アンドレが怒っていたのでしょうか?
高橋:前田との試合内容が、アンドレにどのような影響を与えたのかは、私にはわかりません。あの頃、前田はたしかに勢いがありました。若かったし、体力もあった。とにかく強かったですよ。あの時代、プロレスラーの中で前田のような蹴りをする選手は少数だった。蹴りといえば、ストンピングやドロップキックぐらいでした。前田の蹴りは、それ以前のプロレスの枠から外れていたのです。そのようなことに外国人選手たちがおもしろくないと思っていたのかもしれません。アンドレがそのように感じていたのかは、私にはわかりませんが。
Q マッチメイカーをしていたとのことですが、主にどのようなことをするのでしょうか?
高橋:(当時の新日本プロレスは)通常、1日の試合はオープ二ングの第1試合から、メインイベントの8試合か、9試合まであります。マッチメイカーはその対戦カードを前日までに作り、リングアナウンサーに渡します。リングアナウンサーが対戦カードを紙に大きく書いて、日本人選手の控室と、外国人選手の控室に貼ります。当日、選手が控室へ入り、最初に見るのは対戦カードです。「俺は何番目の試合で、対戦相手は〇〇か」とわかるわけです。
マッチメイカーは、試合のことが頭から離れないものです。特にテレビ(テレビ朝日)放送する試合は、かなり前からその日の試合のことを考えています。対戦カードと試合のストーリーやどちらを勝ちにするか、という結末まで、夜も眠れないほどに思いをめぐらせることはざらにあります。あの頃、武藤(敬司)、蝶野(正洋)、橋本(真也)を(新日本プロレスが)デビューさせたのですが、私がマッチメイカーでした。彼らとは年齢が離れているから、酒を飲んでざっくばらん話をしたことはないですね。向こうが気疲れするでしょうし。
Q プロレスには、やはり、「筋書き」があるのですか…。たしかに、そうでないとあそこまで技をきれいにかけることは難しいのかもしれませんね。同じ選手が総合格闘技の試合に出ると、技をかけることがなかなかできない。私が取材をしたあるプロレスの選手(1960~1990年代に現役)は、対戦相手と事前に電話で話をしながら、試合の展開を詳細に決めたと話していました。
高橋:『流血の魔術 最強の演技』に書いたとおり、プロレスはショービジネスです。少なくとも今のファンは、ショービジネスであることを承知のうえで、試合を観戦し、楽しんでいます。1999年にアメリカでWWF(後のWWE)が株式公開する際に、「プロレスはショービジネス」であるとカミングアウトしました。本家のアメリカのプロレスの団体がそのように言っているのに、日本のプロレスが「試合は真剣勝負だ」と言っても説得力がありません。日本人の試合が真剣勝負だとすると、アメリカから来た選手と試合でかみ合うわけがないですよね。
私がマッチメイカーをしていた頃は、試合のストーリーを決めていました。詳しく決めるのは、セミファイナルとメインイベントぐらいです。その前までの試合は、だいたいの内容だけを選手に伝えておきます。“勝ち負け”はマッチメイカーである私があらかじめ決めておきました。そのうえでたとえば、「〇〇(選手の名前)、悪いけど、今日は“負け”だからね。どういうふうにして負けたらいいのか、インパクトのある方法を2人で考えておいて…」と伝えます。
Q 選手は「勝ち負け」に従うものなのでしょうか?「負ける」ことに屈辱感はないのでしょうか?私が取材をした元選手(1970~90年代に現役)は、「屈辱感を感じるような人はプロレスの選手に向いていない」と答えていました。「強さではなく、上手さを競い合うのがプロレスだ」とも説明していました。試合当日はその会社のマッチメイカーから、「今日はこれな…」と親指を下にして指示をされる、と話していました。親指を下にすると、「負け」を意味するのだそうです。
高橋:マッチメイクに従うのはプロレス界の鉄則です。選手は誰であれ、まず、逆らうことはできません。マッチメイカーである私が「今日は寝てね(負けることを意味する)」と言ったときに、「なぜ?」とか、「嫌だよ」と答える選手はほとんどいませんでした。日本人に限らず、外国人の選手も「わかりました」と答えます。そのことで何かを言い争うなんてことは、まずありませんでした。ただし、上から目線的な指示は避けなければいけませんね。
ありえない極端な例ですが、たとえば、前田を前座の試合へ持って行き、「前田、おまえ、今日負けな」と言ったら、「えー?どうしてですか」とおそらくなるでしょう。だけど、そのようなことはしません。それは前田の商品価値を崩すこと、イコール、我々(当時の新日本プロレス)の損失になります。そんなことを私は絶対しませんでした。
ジャイアントとの試合のときは、「前田、今日ちょっと悪いけど、負けてくれる?」とは言いました。前田からしたら、「この選手にならば負けても仕方がないな」と思えるような対戦カードと試合展開をマッチメイカーとして私は考えていましたから…。