WEDGE REPORT

2018年12月12日

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秋元千明 (あきもと・ちあき)

英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表

早稲田大学卒業後、NHK入局。30年以上にわたり軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。2012年から現職。著書に『アジア震撼』(NTT出版)、『戦略の地政学──ランドパワーVSシーパワー』(ウェッジ)など多数。

高まる中国の脅威に
リバランスを図る米国

 一方、こうした冷戦後の戦略環境の激変は米国にも難問を突きつけた。米国の当面の脅威はもはやロシアではなく、中国や北朝鮮などアジアに配備された中距離核兵器であるのに、それらに対抗する手段は米国本土に配備してある戦略核兵器しかないという現実である。

 これについて、米国は今年2月、報告書「核態勢見直し」を発表し、核弾頭を装着した新型の海洋発射巡航ミサイル(SLCM)を開発して水上艦や潜水艦に配備することや、核爆発の威力を抑えた低出力の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を開発、配備する方針を初めて明らかにした。これらのミサイルは地上配備の兵器ではないためINF条約に抵触するものではないが、米国がINFの能力を代替する地域型の核兵器に関心を持っていることを報告書は示唆していた。この背景について、米国の専門家は、条約に拘束されない中国が大量のINFを配備していることを指摘している。

 また、今回のトランプ政権の決定について、ある高官は「中国が保有する2000基のミサイルのうち、95%にあたる1900基がINFであり、太平洋地域に展開する米軍部隊や同盟国にとって大きな脅威になっている」と説明した。

 また、今年3月、上院軍事委員会の公聴会で、ハリー・ハリス太平洋軍司令官(当時)は、「中国の準中距離弾道ミサイルは、中国軍のミサイルの90%以上を占めている。短距離ミサイルは台湾と米軍の空母部隊を標的とし、準中距離ミサイルは日本国内の米軍基地とグアムを標的としている。それなのに、米国はINF条約のためバランスを欠いた対応しかとれない」と述べた。

 さらに、ジョン・ボルトン大統領補佐官は11年、ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿し、「INF条約への加盟国を増やすか、条約を破棄して米国が自前で抑止力を再構築するしかない」と述べたことがあった。

 このように、トランプ政権のINF条約破棄の決定は表面上、ロシアが条約を順守していないことを理由にしてはいるが、ロシアにとっての本当の理由は安全保障上、条約を守りにくい事態が周辺国で起きているからであり、米国にとってはこの条約のためにアジアに展開している米軍部隊や同盟国に十分な抑止力が提供できずにいるからである。冷戦時代に結ばれたINF条約は現代の戦略環境に適したものではなく、むしろ安全保障の足かせになっているというのが米ロ双方の一致した見解なのである。

 それではINF条約が破棄された場合、それは日本の安全保障にどう影響するのだろうか。冷戦時代の西欧で懸念されたのは米国本土の戦略核兵器がどれほど欧州の抑止力になるのかということであった。言い換えれば、米国はミュンヘンを守るためにシカゴを犠牲にするのかということであった。西欧諸国は安心の証しとして、中距離核の欧州配備を望んだのである。

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