オトナの教養 週末の一冊

2019年3月29日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

『サイエンス・ネクスト  科学者たちの未来予測』(ジム アル=カリーリ 編集、鍛原多惠子 翻訳、河出書房新社)

 DNAを一種のデータメモリと考えたDNAコンピュータや量子コンピュータの話は、いくつかの章で採りあげられている。さすがはその分野の第一人者、短い説明の割にわかりやすく原理が説かれ、未来のイメージがはっきりと描かれている。

 また、科学、社会、環境専門のライター兼キャスターであるガイア・ヴィンスの書いた第2章「生物圏」は、中米コスタリカのオスティオナル海岸で絶滅の危機に瀕するオリーブヒメウミガメの産卵をめぐる地元住民のある試みをドキュメンタリータッチで報告し、かたくなりがちな本書にいきいきとした色彩を与えている。

 本書で提起されているような人間と動物の共存についての現実的な解を模索する、地に足のついた活動は、未来を考えるときに欠かすことのできないテーマのひとつであろう。

未来を選び取るのは私たち自身

 悲観的な未来や最悪のシナリオを提示する章ももちろんあるが、すべての章に共通するのは、未来を選び取るのは私たち自身であるという確信だ。

 気候変動や人口過剰、薬剤耐性菌の拡散によるパンデミックといった最悪のシナリオを科学がいくらかでも緩和できるかもしれないし、AIやロボット工学、遺伝子工学、地球工学、ナノテクノロジーなどの新しいテクノロジーの適用について慎重に検討し、議論を重ねれば、未来が必ずしも暗いものになるとは限らない、とジム・アル=カリーリは語る。

 <科学の知識そのものは善でも悪でもなく、問題はそれをどう使うかにある。10~20年のうちに、AI制御されたスマートシティ、無人運転車、拡張現実、遺伝子組み換え食品、新しい高効率のエネルギー、スマート・マテリアル、そのほか多くの機器や器具などが、すべて相互に接続されて情報を交換するようになるだろう。現在の世界が1970年代や80年代の人にとってほとんど理解の域を超えているように、未来は現在の世界からはとても想像できないようなものになるはずだ。>

 <本書に寄せられたエッセイには、比較的信頼できる未来像を描くものがある。(中略)また未来について複数のシナリオを提起したエッセイもある。それは私たちに科学が理解できなかったり、その応用が予期せぬ結果を生み出したりするからではない。私たちが選択する道が、その科学知識をどう利用するかによって異なるからだ。私たちは社会全体としてこの決定を下さなければならず、このために責任ある政治家と科学に通じた市民が必要になる。>

 現代ほど、科学技術が未来の運命を左右するような時代があっただろうか?

 私たちが自らの未来について決定権を持ちたいなら、ジム・アル=カリーリが言うように、おのおのが「科学に通じた市民」になる必要がある。「責任ある政治家」がいないなら、なおのこと、本書を読みこなさなければ……、というわけだ。


  
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