長引く円高の影響で製造業を中心に空洞化が危惧されている。暗い先行きばかりが目につくなかで、せめて輸入品の「円高差益を享受したい」と考える人も少なくないだろう。こんな期待を裏切る最も大きな要因が原材料価格の高騰だ。
例えば、原油価格。国際指標のWTI価格は、リーマンショック後に下落したが、その後は右肩上がりで11年3月には100ドルを超えた。ドル建てで原油を輸入して円高の差益が出たとしても、原油価格が上昇しているため、その差益が打ち消されることになる。
末端のガソリンスタンドに目を向けると「需要減と過当競争で値下げ圧力がかかっている」(石油情報センター研究理事の前川忠氏)と、少なくとも円高還元どころではない。
流通が専門の早稲田大学社会科学総合学術院の野口智雄教授は、「小売は相対的には、円高メリットが大きい。ただし、売上減、デフレによる長年の値下げにさらされており、輸出業者などに比べるとまだ“マシ”という程度。消費者もデフレが長引くなかでディスカウント慣れをしているのでは」と分析する。つまり、多少の差益が出たところでそれを還元する余裕はないということだ。
それでは、どこか円高差益を実感できるところはないのか? 例えば輸入車。日本自動車輸入組合の岸田久教氏によると「自動車は耐久財であり、短期的に価格を変動させる売り方はしていない」という。輸入した新車の価格が下がってしまうと、市場価値(所有者にとっては資産価値)が下がることになる。市場価値が高いことは、輸入車が選好される一つの要素だ。わざわざその価値を下げる必要はない。
また、新車と中古車の価格差が縮まれば、中古車が売れなくなる。輸入車の購入者は、数年後の下取り価格を想定して購入を決めるので、業界として下取り価格を維持することに注力する。売り手が優位に立つ輸入車業界だからこそ通用する理屈だ。
個人輸入にとってもTPPはありがたい?
結局、円高差益を実感したければ、直接海外からモノを購入することが手っ取り早いということになる。米ネットオークション・イーベイ(eBay)の日本語版「セカイモン」を展開するショップエアライン(東京都品川区)の伊藤直社長は「円高の影響もあってここ1年で売上が60%程度伸びた」と話す。
セカイモンは、イーベイに出品されている約2億点の商品を日本語で検索、落札、受け取りまでできるというサービス。売買が成立すると、ショップエアラインのロサンゼルスにある物流センターに米国内の出品者から商品が届けられる。ここで中身の確認、日本に到着後、通関手続きを行い、手数料と送料を支払った日本の注文者に届けられるという仕組み。現在年間約50万点、金額にして40億円の規模がある。
企業が同一製品を大量輸入するのと違い、個人輸入の物品はバラバラであるため通関手続きに手間がかかる。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加して税関手続きの手間が軽減できれば、手数料の値下げも「検討材料になる」(伊藤氏)。
ただ、円高差益を実感できない構造的な要因があることも忘れてはならない。第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「国内に供給される全てのモノのなかに占める輸入品の割合、つまり輸入浸透度がOECDで日本は最下位で9.6%しかない」と指摘する。原材料価格の高騰で円高差益が相殺されているとはいえ、円高差益を実感しにくくしている本当の理由は、身の回りに輸入品が少ないからだ。
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