世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月1日

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 トランプ大統領は、昨年来の米国の対中国追加関税によって中国経済は成長率、雇用、直接投資において大きな打撃を被っている、と主張しているが、これは正しいのであろうか。

liusa/FreeSoulProduction/iStock Editorial / Getty Images Plus

 まず、中国の成長率の低下は、トランプ関税以前、既に2010年ごろから始まっているが、2018年7月以降、加速していない。中国の成長率が減速している主な理由は、習政権による経済政策が間違っていること、特に銀行融資などの資源を民間企業ではなく国営企業により多く配分していることにある。そして、中国の対米輸出は意外と少なく、その結果、2019年前半における対米輸出は前年同期比で13%低下したものの、この数字は中国のGDPの0.4%に過ぎないという。

 中国の製造業雇用の減少についてはどうか。トランプ大統領は7月のツイートで、中国は500万人の雇用を喪失したと言っている。確かに、ここ数年、中国の製造業雇用は減少しているが、2018年7月以降の減少は鈍化している。つまり、中国の製造業雇用の減少は貿易戦争前から起こっている。減少の原因は、製造業の労働生産性が高まってきていること、製造業の雇用がピークとなる時期が過ぎ去ったことによると思われる。

 対中直接投資についても、中国への直接投資が貿易戦争によって減ったという事実はない。すなわち、昨年中頃以降の中国への直接投資はそれまでのトレンドとほぼ同じペース(年率3%)で増加している。在中国の外資企業の多くは、対中国追加関税によって、中国以外の国(米国を含む)に生産基地を移転するインセンティブは少ない。その理由の第1は外資企業(特に米国企業)の多くの販売先は中国国内であるという点、第2は生産基地をシフトするには多額のコストを要することである。したがって、追加関税によって現在の在中国外資企業の多くが外国に再配置、ないしは米国に回帰するというトランプの主張は当てはまらないであろう。

 以上の通り、対中追加関税についてのトランプの主張は無理がある。ただ、今回の貿易摩擦による不確実性の高まりによって世界各国の成長が抑制され、結果的に中国の成長が抑制されているという面もある。例えば、IMFの最近の分析は、2019年第1四半期の世界の貿易不確実性指数は大きく高まっており、その結果、世界経済の成長率は0.75%低下している、としている。こうした逆風は、中国の中長期的課題である経済構造の転換(投資・製造業・国営企業というこれまでのプレーヤから消費・非製造業・民間企業という新しいプレーヤへの転換)を遅らせることになる。

 こうした中で、習政権は政策の軸足を景気の下支えに置き始めているようだが、その効果は限られると思われる。

 第1は、金融緩和策である。中国人民銀行は預金準備率を昨年初頭から連続的に引き下げてきた。先日にはさらに10.5%にまで引き下げた。しかし、その景気浮揚力は小さいだろう。人民銀行が元の水準を現在の7.1元程度に固定している限り、金融緩和政策の有効性は低下する。また、海外でも金融緩和局面に入っており、中国の金融緩和による元安効果は限定される。

 第2は財政政策であるが、リーマンショック直後の4兆元並みのテコ入れの再来は考えられない。むしろ、地方政府のソフトな予算制約やシャドーバンクの過剰貸出しの巻き戻しの必要性を考えれば、財政支出の増加は大きくはならないのではないか。

 景気の下支えの担い手に関しても悩ましい点がある。しばしば指摘されるように、習政権になってから、中国経済の主役は民営から国営に軸足が移っている。もちろん中国の真実の姿は公表データから推し量れない面があるが、習政権が最近の景気後退の痛みを国営企業への支援で緩和していこうとするスタンスを強めているとすれば、生産性を高め、量から質への転換を図るとの当初の夢の実現はますます遠のくように思われる。 

 米国の対中関税は、トランプが言うような直接的な効果はないが、中国経済にある程度の間接的なプレッシャーを与えていることも否定できない。それを中国側がどう認識し、米中交渉に何らかの反映があるのか、注目される。

  
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