トランプ米大統領の登場以降、世界の秩序は大きく変化しているように見える。この変化は、トランプが去れば元に戻るようなものなのか、それとも現在起きていることは将来に大きな爪痕を残さずにはいないのか。この問いについて、Russian International Affairs Council(ロシア国際問題評議会)のIvan Timofeev理事は、‘A New Anarchy? Scenarios for World Order Dynamics’と題する8月6日付けの論文で、ロシア人にありがちな「夜郎自大」を排した冷静な分析を示しており、興味深い。
Timofeevは、現在の世界の秩序をどう定義するかについては、次の二つの対照的な見方があるとする。第一は、冷戦後の世界は、西側の軍事、経済、そしてモラル上の優位に支えられ、ルールに基づくリベラルな秩序になった、というものである。第二の見方はそれとは逆に、リベラルな世界秩序の実体は、米国とその同盟国による覇権、即ち一極支配であり、今やBRICSや上海協力機構等の台頭によって安定性を脅かされている、とするものである。第二のシナリオの方がロシアにとり好ましいものに思えるが、実際には米国による一極支配の世界の中で、何とか自立性を維持している格好をつけているだけのものに過ぎない。ロシアは自己責任で自分の利益の確保をはからねばならず、誤りのコストは大きいだろう。
Timofeevは、上記の二つに加えて更に二つのモデルが議論されている、と指摘する。第三のモデルは、主権国家や古典的な資本主義等の枠組みが崩壊し、万人の万人に対する闘争、つまり混沌とした無極世界が訪れるというものである。米ロ間では、偶発的な武力衝突が核戦争に至ることもあり得る。中国、あるいはロシアによるサイバー・テロが米国で死傷者を出せば、武力報復につながり得る。南シナ海での米中衝突は、核戦争に至り得る。ここでは国家の力というもののあり方、生産のモデル、国際的な枠組み、国際関係等、全面的な再編が行われることになる。第四のモデルは、冷戦時代の米ソに代わる新たな二極構造、つまり、米中対立である。誰が米国の大統領になろうとも、米中対立はなくならないだろう。西側の同盟関係は欧州では再び強固なものとなろうが、アジア諸国は米国につくか中国につくかの選択を迫られるだろう。中ロは軍事的・政治的な同盟関係を樹立するだろう。しかし、それはロシアにとって、経済だけでなく安全保障分野においても中国のジュニア・パートナーに堕する危険性をはらむ。そして米国は中ロの仲を裂き、まずロシアを片付けたうえで中国にとりかかろうとするだろう。
この論文は、ポスト・トランプの世界は、従来の国際秩序にそのままの形で戻ることはなく、「万人の万人に対する闘争」あるいは「米中新冷戦」の世界が迫っていることを示唆している。現在の問題は、主要国同士の間で最悪の状況現出を避けるために連絡を取り合う、きちんとしたメカニズムがないことである。大国同士が、相手に圧力をかけては封じ込めようとするばかりなので、事態はスパイラル状に悪くなるばかりである。
著者は「変わり者のトランプがいなくなれば、ものごとは以前に戻るだろうと期待している者達もいるが、現在起きていることが何らかの爪痕を残さずにいることはあるまい」と指摘する。これは、日本にとっても重要な認識である。日本は当面の問題を処理していく一方で、主要国との間、或いは国際組織において、これからのあるべき世界の秩序についての戦略的対話を励行し、日本の立場を世界にインプットしていくべきだろう。
なお、日本については、この論文は、「日本は米国の同盟国であり続けるだろうが、軍事的・政治的にもっと力をつけるにつれて、これまでの(対米)政策からは徐々に乖離していくだろう」と述べているのみである。ロシア人の大半にとって、アジアは縁遠く、異質でよくわからない地域なのだということをよく示していると言えよう。
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