2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月3日

 英下院は9月4日、no-deal Brexit(合意なきEU離脱)に反対する野党および保守党の一部議員が、10月19日までにEUとの合意不成立の場合には離脱期限を来年1月31まで延期することをジョンソン首相に強いる法案を成立させた。これに対抗して、ジョンソンは解散総選挙に持ち込むことを2度企てたが、いずれも所要の3分の2の多数を得られず、不発に終わった。

Glynn Burrows/Vladislav Zolotov/iStock / Getty Images Plus

 ジョンソンは離脱延期を要請するくらいなら「のたれ死にしたほうがましだ」と言い、周辺からは離脱延期法を無視するような発言すら聞かれたが、さすがに(少なくとも直ちには)そこまでは踏み込めないらしい。ここに来て、ジョンソンは、no-deal に突進する姿勢を改め、EUとの妥協を探る方向に動き出したらしい。メイ前首相とEUが合意した「backstop」は、2020年末までにアイルランドと北アイルランドの間の物理的国境を回避する代替的な取り決めが見つかるまで北アイルランドを単一市場に、英国全体を事実上EUの関税同盟にとどめる、というものであった。これに対し、ジョンソンは、「backstop」をEUの当初の案の通り北アイルランドだけを単一市場と関税同盟にとどめおく内容とすることを模索しているとの報道がある。もし、そうならEUとの合意は直ちに成立する。ただ、英国がEUに提案したのは農業食品について国境を跨いだ一体的な市場を作るということらしく、それだけの提案であれば、合意にはまだまだ距離がある。

 21人の造反議員を追放したことなどで保守党は大きく人数を減らし、10人の閣外協力のDUP議員を加えても所詮議会を支配し得なくなった。そのため、北アイルランドのみを英国の中で異なる体制に置くことに強烈に反対するDUPとの関係では、ジョンソンはむしろ行動しやすくなったかも知れない。DUPは、北アイルランドと連合王国との一体性維持を主張する強硬派のユニオニストであるが、少しは柔軟になりつつある可能性がある。no-dealに追い込むと、アイルランドとの統一を求めるカトリックの勢力を勢いづかせる危険がある。また、DUPの主張は北アイルランドの唯一の声ではなく、経済を重視する立場に立てば、EUの提案する「backstop」は悪くないとの声もあるらしい。

 EUとの合意の如何が唯一アイルランド国境の取り扱いにかかっている状況は如何にも奇異に思えるかも知れないが、この問題は北アイルランドの機微な政治状況に深く係わっており、避けて通れない。30年にわたったプロテスタントとカトリックのコミュニティーの間の流血の惨事を伴う党派抗争は、1998年のベルファスト合意により終止符を打たれた。それから20年以上になるが、両者の緊張は続いている。カトリックのシン・フェイン党とプロテスタントのDUP(民主統一党)の間の紛争のために北アイルランドの自治政府が2年半以上も再開されないままである。no-deal は、アイルランドとの統一を問う投票に対する支持を増加させ得る。そういうわけで、アイルランド国境問題はBrexitの最大の焦点となっている。

 もし、ジョンソンが10月17,18日のEU首脳会議でEUの当初の提案の「backstop」で手を打てれば、やりたくない離脱延期の要請をせずにBrexitを達成出来る。一つの利点は英国全体を関税同盟に置くことを避けることにより、離脱後の英国は通商政策の自由を持てるので、保守党の強硬派を納得させる材料になり得ることである。ジョンソンならこれで離脱強硬派を丸め込めるかも知れず、議会を通せれば大いに面目を施すことになる。何のことはない、メイ首相が交渉した案の変形で、EUの当初の案に逆戻りしただけではないか。仮にそんなことでEUとの合意を図る用意があるのであれば、どうしてメイ首相の時に合意を達成出来なかったのか、となろう。何とも奇妙だが、そこは、ジョンソンのオポチュニストで変わり身の早さが為せる技ということになるのであろう。

  
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