10月13日に投開票が行われたチュニジアの大統領選の決選投票では、憲法学者のカイス・サイードが投票の70%を獲得し、イタリアのベルルスコーニ、フィリピンのドゥテルテ、トルコのエルドアンや米国のトランプなど擬えられていたナビル・カルウィを大差で破って当選した。9月に行われた1回目の投票で、保守派を退け、サイードとカルウィが決選投票に残ったことも注目に値する。
チュニジアは、国民が蜂起して2011年独裁者のベン・アリを倒し、アラブの春を先導した国である。テロが新しい政府を打倒しようとし、保守主義者が市民の自由を押し戻そうとしたが、チュニジア人は選挙を優先し、抗議を表すため街頭に繰り出した。少数派の権利を保護する法律を通し、市民グループは改革を呼びかけ続けた。アラブの春で唯一成功した国であり、それが今回の選挙でも損なわれなかった。アラブの春では、チュニジア以外は、エジプト、リビア、イエメンでは、独裁者は倒したものの、エジプトのように新しい独裁政権が生まれたか、リビア、イエメンのように内戦になった。
チュニジアだけが成功している背景は何か。チュニジアは紀元前にカルタゴ国として繁栄し、異文明のるつぼと称せられ、長年国際カルタゴ芸術祭を開催したりして、もともと文化、教育水準が高かった。アラブの春の運動が起きた時、駐日チュニジア大使は、「運動は放っておけない」と言って駐日大使を辞め、帰国した。そのような知識人が存在することが、成功の大きな要因の一つである。
台湾では、蒋介石総統の死後、蒋経国が徐々に民主化に舵を切り、李登輝がこれを劇的に開花させたが、その背景には台湾の経済発展の結果中間層が成長し、民主化を望んだという事情があった。日本統治下での高い教育水準がその後も維持されたという背景も指摘してよいであろう。このように、独裁政権に代わって民主政権が誕生するには、担い手が必要である。担い手は文化や教育、経済発展などによって生まれてくるもので、時間がかかる。チュニジアには文化や教育の伝統の中からそのような担い手が出てきたのであり、エジプトやリビア、イエメンにはそのような担い手がいなかったということである。これらの国で民主化を支える層が生まれるのには、長い時間がかかるだろう。
ワシントン・ポスト紙論説欄の編集者Christian Carylは、10月15日付けの同紙論説‘The democratic success story that no one is talking about’で、チュニジアにおけるアラブの春の成功から、世界の民主主義問題へと筆を進めている。同氏は「欧米ではイスラム教徒やアラブ人は本来独裁主義的だとか、アフリカは未開発で民主主義は無理だなどという話をよく聞くが、世界の動きをよく見ていない。本年はじめスーダンではアフリカで最も独裁的といわれた指導者を倒した。エチオピアは、かつて閉ざされた社会を開くうえで著しい進歩を遂げている。アルジェリアでは独裁政治の改革を求める抗議が続いている」と指摘し、「チュニジアや香港、台湾、インドネシアを見ると、民主主義の将来は西側の外にあるのではないかと思わざるを得ない。最近欧米は現状に甘んじ、自分のことばかり考えていて、自由のために立ち上がったり戦ったりしなくなった。自由を当然視している」と述べている。
民主主義の将来が何を意味するかにもよるが、民主主義のために戦うという意味であれば、民主主義がまだ十分でない国でより精力的に行われるのは当然である。なお、香港、台湾は中国の支配を嫌って戦っているのであり、経済発展の段階から言えば欧米並みで、民主主義に関する市民の意識は欧米並みに高い。アフリカ、中東、アジアのいくつかの国で民主主義のための戦いは今後も続けられるであろうが、これらの国の民主主義の水準が欧米並みになるためには長い時間がかかる。欧米が自己の民主主義を当然視しているといっても、考えられる将来を通じ、欧米が民主主義の中心であることには変わりないだろう。
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