台湾の蔡英文総統は10月10日、双十節(建国記念日)に際し記念演説を行い、「一国二制度」を強く拒絶するとともに、自由と民主主義の旗の下で台湾人が団結して台湾の主権を守っていくよう強く訴えた。演説の主要点は、次の通り。
世界は急速かつ劇的に変化している。米中貿易紛争は続き、香港では「一国二制度」の失敗により混沌の瀬戸際にある。にもかかわらず中国は「一国二制度による統一計画」を台湾に押し付けようと脅している。彼らの外交攻勢、軍事的威嚇は、地域の安定と平和に深刻なチャレンジをもたらしている。
自由と民主主義が脅かされる時、中華民国(台湾)の存在が脅かされる時、我々は立ち上がり自らを守らねばならない。「一国二制度」の拒絶は、2300万の台湾人にとり圧倒的な共通認識である。「一国二制度」を受け入れてしまえば、もはや中華民国の存在空間はなくなる。総統として、国家主権を守るために立ち上がるのは私の根本的な責任である。
過去70年間、我々は、幾多の深刻な危機に直面してきたが、これらのチャレンジは我々をより強く、より決然とさせた。台湾人は、中国の外交攻勢と軍事的威嚇に何度も直面したが引き下がらなかった。我々は結束して国土と国家主権を守ってきた。我々は、分断されてはならない。
我々の将来には、多くの克服すべき困難が待ち受けている。中国は、自由、民主主義の価値、世界の秩序に対し、権威主義、ナショナリズム、経済力を通じて挑戦しつつ、台頭し、膨張している。インド太平洋地域の戦略的前線として、台湾は民主的価値を防衛する最前線となっている。
中国は、シャープパワーを通じて我々を包囲しようとしているが、台湾は地域の重要な一員として国際社会における責任を果たさなければならない。我々は、挑発的あるいは無法に行動することはない。考えを同じくする国々と、平和で安定した両岸の現状が一方的に変更されないように協力する。
これを達成するために、我々は、団結しなければならない。自由と民主主義の価値を確固たるものにしなければならない。経済、国防、外交の面で、より強い台湾を作り続けなければならない。我々の進むべき道は明確だ。我々の目標は、第一に、自由と民主主義の旗の下、我々の主権を守ること、第二に、台湾経済を強化し繁栄した社会と強力な国家を作ること、第三に、世界に積極的に関与し、台湾が国際社会で勇気と自信を持って堂々としていられるようにすることである。
出典:中華民国(台湾)総統府HP、‘President Tsai delivers 2019 National Day Address’(October 10, 2019)
https://english.president.gov.tw/NEWS/5869
演説で蔡英文総統は、中国による脅威に対抗し、台湾の自由と民主主義の価値を守り、その旗の下で事実上の主権国家としての台湾の地位を守ることを説いている。これは、ここ1年あまり何度も繰り返している内容であるが、「主権」という言葉を何度も用い、「台湾の主権」に関する主張がますます強まっている印象を受ける。つまり、独立宣言無き事実上の独立を進めていると言えよう。
今年1月、中国の習近平国家主席は「一国二制度」による台湾統一を明確に打ち出し、台湾ではそれへの反発が強まっている。とりわけ、香港情勢の緊張を受けて、「一国二制度」への拒絶は、蔡英文も言っている通り台湾の「圧倒的な共通認識」となっている。習近平は、10月1日の中華人民共和国建国70周年の記念演説で「祖国の完全な再統一は不可避の流れである。誰も如何なる勢力も、それを止めることはできない」と述べた。台湾の民意を逆なでし、蔡英文の「一国二制度」を強く拒絶する姿勢に、より説得力を与えたものと思われる。
蔡英文が上記の演説のロジックで総統選を戦うことは確実であろう。これは、中国としては到底容認できず、蔡英文政権への政治的、経済的、軍事的圧力強化、世論の攪乱を通じた台湾の社会的分断を含む選挙への種々の介入を強化していくことは間違いない。蔡英文政権と中国との緊張はますます高まることになろう。
なお、今年の双十節には米国のテッド・クルーズ上院議員(2016年の大統領選で共和党の予備選の候補者の一人だった)が関連行事に出席した。双十節の行事に米国の上院議員が出席したのは過去35年で初のこととなる。クルーズ議員は、呉釗燮外交部長(外相)とも会見し、「米国は台湾を支持することを誇りに思う」と台湾支持の姿勢を強調、台湾の民主主義と自由の価値観擁護を評価し、米台FTAや軍事協力の拡大への支持を表明するなどした。最近の米国の台湾支持強化の流れに、また一コマが加わったことになる。
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